第117話、ミスリルタートル

 銀の翼商会、もとい白銀の翼は、エイブルの町のダンジョンへ突入した。


 先日ガルが加わり、パーティーメンバーは五人となった。


 前衛はソウヤ、ミスト、ガルで、後衛はセイジとソフィア。


 そして前衛のガルであるが、偵察やトラップ解除などのシーフ系技術にも通じていて、探索面でミストの負担が激減した。一枚より二枚。よりパーティーに厚みが出てきた。


 肝心のモンスター肉の仕入れ作業である。向かってくるモンスターは返り討ち。


「餌にするつもりできたなら、自分も餌になる覚悟はあるんだよなぁ!」


 ソウヤは巨大カニの甲羅ごと斬鉄で叩き潰す。大抵のモンスターは、ぶん殴ることでダウンする。


 大トカゲ、巨大ヘビ、吸血コウモリ、ゴブリン、オーク、コボルト、スライム、スケルトン、恐竜型魔獣、巨大サソリ、大ネズミ、ツメモグラ、ワームなどなど、ダンジョンの住人は、侵入者に牙を剥く。


 肉が取れるものは倒したら、アイテムボックス行きだ。それ以外は排除する。


「燃えろ! ファイアーボール!」


 ソフィアが魔法カードの魔法で、スケルトンたちを焼却する。――火葬はお嫌い? そう?


 彼女も経験を重ねることで、魔法カードの扱い方に無駄がなくなってきた。ミストから魔法を教わる一方、セイジからはモンスターやダンジョンについて教わって勉強しているのも大きい。


 ガルは、ショートソードやダガーなどの近接武器をメインに、敵魔獣に対してヒット&アウェイを仕掛けている。敵の側面や後方を突いて、一撃で倒す戦闘スタイルだ。


 奇襲で倒せば楽ができる――とにかく一体との戦いを長引かせない。


 正面から打ち合うような時は、敵の攻撃を回避、もしくはパリィしてのカウンターが実に鮮やかだった。毒を持つ巨大サソリのハサミ腕や尻尾の針を食らわずに仕留めてしまうのは見事である。


 また、ガルは初めて戦うモンスターには、セイジから助言を仰いだ。あの無表情な殺し屋も、素直というのか、あるいは先人の知恵に敬意を抱いているのかもしれない。


「投擲」


 暗殺者は、ポツリと呟くように魔法カードを使った。魔法カードを投げナイフに変化させて、素早いコウモリを撃墜する。


 ソウヤが見たところ、ガルは、魔法カードを武器に変化させるのを好んでいるように感じた。大トカゲの意外に硬い外皮や、オークなどの武器を打ち合わせていると、時々、剣が折れて、消滅してしまうが、すぐに魔法カードで次の剣を具現化させて対応する。


 今は魔法カードで作った武器を使っているが、丈夫で長持ちする専用武器でもロッシュヴァーグに作ってもらうか、とソウヤは思った。


「お、銀の翼商会だー!」


 ダンジョンを進んでいると、先行していた冒険者とすれ違う。


 いつものように、水や食料などの補給活動。ダンジョン内で、新鮮な料理を売っているのは銀の翼商会だけ! という感じで、馴染みの冒険者たち相手に商売する。


 その冒険者一行は肉食恐竜型魔獣のライノザウラを倒し、その角を戦利品として運んでいた。獰猛な肉食魔獣に手を焼いたものの、角一本でしばらく遊んで暮らせると、その冒険者たちは上機嫌だった。


「まあ、もうちょっと探索したかったけど、この角、結構重いから」


 と、探索を切り上げてきたらしい。


 それを見て、ソウヤは荷物運びの代行も面白そうだと思った。


 ダンジョンでお客の荷物をアイテムボックスで預かり、外に戻った時に預かっていた荷物を返す。


 セイジがかつて荷物持ち――つまりポーターをしていたのだが、それをアイテムボックスでやるのだ。違うのは直接同行せず、あくまで荷物を預かっておくだけ、というところか。


 ただ口頭のやりとりだと、預けた、預けてないでトラブルになりそうだ。きちんと対策を考えておかないといけないだろう。


 預けてもいないのに、難癖、いや詐欺を働こうする奴も世の中にはいる。それだけならまだいいのだが、人間の記憶は案外いい加減なので、本当に預かっていたのに、ソウヤのほうで忘れているとかもあり得る。


 何らかの事情で、すぐに取りにこなかった場合とか、初見さん相手だと、預かりが本格化したら、記憶だけでは不安でしかない。


 よくホテルの預かりで、フロントから渡される番号札がいいか。それと引き換えなら、番号と荷物をタグ付けしておくことで、番号を見れば荷物を渡すことができるだろう。


 ――ふむふむ、これ受け取り場所を冒険者ギルドにできないかな……?


 同行しない以上、双方がダンジョンの外で出会うタイミングはおそらく異なる。待ち合わせ場所を決めておけばいいのだが、銀の翼商会は、色々なところを行ったり来たりしている。


 もし冒険者ギルドを利用できるなら、クエスト報告に訪れた冒険者が、そのままギルドで荷物を受け取る、なんてできそうだ。


 今度、ガルモーニに話してみよう。



  ・  ・  ・



 適度に休息を取りつつ、ダンジョンの深部へと下りていく。


 大体のダンジョンでは、奥に行けば行くほどモンスターのランク、つまり強さが上がっていく。それに比例するように、倒したモンスターの戦利品の価値も上がる。


 だが慌てて、ダンジョンの深い階層を行くのは命取りである。とくに、実力のない者は、ダンジョンの浅いところで経験を重ねて、少しずつ奥へと進めていくのが大事だ。


 己の能力を把握できない無謀な探索は、早死にするだけである。


 ソウヤを中心に、ミストと新戦力のガルが上級冒険者レベルの力を発揮して、ダンジョンの深部へと向かう。


 水晶の群生するだだっ広いエリアに到着する。洞窟の中のはずなのに、丘や森が存在しているくらいの広さだ。


「――やっぱ、ダンジョンってやつは不思議だ」


 そんな水晶の生えた丘から周囲の景色を眺めれば、巨大なリクガメが、のそのそと歩いているのが見えた。背中の甲羅に水晶のような塊を無数に生やしている。


「大きい……!」


 丘から今回の標的の姿を見やるソフィアは、言葉を切った。


 久しぶりにミスリルタートルを見たが、その大きさには思わず苦笑してしまう。周囲の水晶の森を進むミスリル亀は、どこか怪獣映画のようである。


 ガルとセイジは、冷静にミスリルタートルの姿を観察している。


「セイジ、お前は、ミスリルタートルは初めてか?」

「姿は、二、三度見たことがあります」


 セイジは答えた。


「ただ、前の冒険者パーティーは、ミスリルタートルに決定的なダメージを与えることができず逃げましたけど」

「まあ、無理もないよな」

「あの亀、ドラゴンブレスを食らっても平然としているのよ」


 ミストがどこか苛立ちを滲ませる。


「物理攻撃も耐えるし、魔法もほとんど効かないっていうんですもの。そりゃ人間の手には余るってものよね」

「じゃ、師匠。魔法カードも、あの巨大カメには通用しないってこと?」


 ソフィアが聞けば、ミストは頷いた。


「魔法だけじゃないわ。生半可の剣じゃ、かすり傷くらいしかつけられないわ」

「じゃあ、どうやって倒すのよ?」


 当然のソフィアの疑問。皆の視線が、質問者のソフィアからソウヤへと向いた。


「そりゃもちろん、ぶん殴るだけさ」


 豪腕勇者は、斬鉄を肩に担いでたっぷりの自信と共に告げた。

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