第116話、ガルの冒険者登録と、次の仕入れ目標

 浮遊バイク『コメット号』が街道を行く。


 晴れ渡る空。広大な草原を風が吹き抜ける。ソウヤはバイクで荷車を引きながら、ぼんやり新しい荷車の形を考えていた。


 全員が乗ってものんびりスペースが確保できるのが望ましい。ただそうなると、必然的に荷車が大きくなってしまう。


 今の荷車には車輪がついてはいるが、動力はないので浮遊バイクの力のみで引っ張っている。あまり大きい、いや重量があると、速度が出ない。


 これまでは比較的路面が安定している街道を走らせてきたが、正直乗り心地もあまりよくなかったりする。原因は、サスペンションがないからだ。地面からの振動を抑えず、ダイレクトに伝われば、尻も痛くなるというものだ。


 この世界の今の馬車もそれだから、珍しくはないが、元の世界での車の乗り心地を知っている身としては、何とかしたい問題である。


 ――車は、浮遊バイク同様、浮かせられないかな。


 そうすれば後部の車が大きくても、バイク単体で牽引できるし、乗り心地の問題も解決するだろう。


 ――そういう魔法とか、魔道具ないかなぁ……。


 などと考えながらの走行。なお、後ろの荷車にはセイジとガルが座っている。ミストとソフィアの姿はない。アイテムボックスハウスのほうにいて、魔法の練習中だからだ。


 さて、道中、旅人に声を掛けられ、銀の翼商会は水と串焼き肉を販売した。狼素材があるので買い取ってほしいと頼まれたので、一般的な価格で買い取った。


 そしてエイブルの町に、コメット号は到着した。

 いつものように丸焼き亭へ向かい、肉の納品を済ませる。醤油とそれを使ったステーキタレが大変好評で、前回の倍の量の注文を受けた。


 まだ余裕があるので販売。しかし、他にも醤油の購入希望があるので、近々タルボットの醤油蔵には、追加で仕入れなければならない。


 ――こりゃ、タルボットも来年以降の生産量を増やさないと、供給が追いつかなくなるかもな……。


 他にも調味料を派生して作ってもらいたかったが、まずは醤油の増産体制を固めるのが先か。醤油くれ、はいよー、で出てくるわけではないのだ。


 注文増加につき、醤油の生産量を増やしたほうがよい、と転送ボックスで手紙を送っておく。設備増設の費用はこちらでも支援する旨も書いておく。今は醤油の安定供給のために先行投資だ。


 他に二、三、顧客の元を回り、荷物の引き渡しなどを済ませておく。行商ついでの運送業の仕事も、なかなか増えてきた。


 その後は、いつものごとく冒険者ギルドに顔を出す。今回は銀の翼商会の新人であるガルを、ギルマスのガルモーニに引き合わせる。


 暗殺組織ウェヌスが、先日壊滅したことも報告しておく。おそらくカエデは安全だ、と言ったら、ガルモーニは「そうか」と安堵した。


「ウェヌスを潰したのは、お前たちか?」

「まあ、売られた喧嘩を買っただけのことだよ」


 首を突っ込んだことは認める。だが深く話すこともないので、次の話題へと繋げる。ソウヤはソファーで隣に座っているガルを指し示した。


「こいつは腕利きでな。ただ冒険者ではないから、一応手続きはしておこうと思ってね」

「ほう……」


 ガルモーニが早速値踏みするような目を向ける。ガルはまったくの無反応だ。


「……職業は、暗殺者か?」

「それは答えなければならない質問か?」

「いや」


 ガルの質問返しに、ギルマスは首を横に振った。だが今の態度で、だいたいお察しだろうと、ソウヤは思った。


「そういや、ここらで魔族の噂とかあるか? 壊滅したウェヌスだが、内部に魔族が入り込んでいて、何やら悪事を働いていたんだが」

「魔族が……?」


 ギルマスは腕を組んで考える。


「いや、特に聞いていないな」

「そうか。三カ月前のスタンピードの件もある。魔族の動きには注意が必要だ」


 ソウヤが指摘すれば、ガルモーニは「了解した」と答えた。


 会談の後は、ガルの冒険者登録を済ませておく。


「そういや、ガル。お前、ふだん誰かから職業を聞かれたら、何て答えていた?」

「傭兵、それか冒険者」

「へぇ……。でも冒険者じゃなかったんだろ? いわゆる嘘か」

「そもそも滅多に聞かれることもなかったが」


 ガルは淡々と言った。ソウヤは相好を崩す。


「これからは、ちゃんと冒険者の証明でランクプレートを見せられるな」


 うむ、とガルは頷いた。


「ガル、ダンジョンに入った経験は?」

「ある。最初は修行の一環だったが、実際に標的をダンジョン内で仕留めたこともある」

「じゃ、モンスターとの戦いの経験もあるってことだな」


 対人戦では文句なしの実力者であるガルだ。だがモンスター相手にはどうなのか、ソウヤの中では未知数だった。


 ――ま、やれるとは思うがね……。


 ガルの動きなどを見れば、モンスターにも対応できるのは間違いない。経験者であるなら頼もしい。


「それじゃ、とくに慣らしは必要ないな。これから全員で、ダンジョンに仕入れに行くつもりだが、奥のほうまで行けそうだな」

「ダンジョンに仕入れか」

「モンスター肉とか、その他素材をね」


 慣れない言い回しだったかもしれない思い、ソウヤは補足した。ダンジョンに狩り、とかは聞いたことがあるが、仕入れという表現は、あまりないだろう。


「それに今回は、ちょっと特殊なやつを狙おうと思ってる」

「特殊?」


 意味を視線で問うてきたガルに、ソウヤは、さらりと答えた。


「ミスリルタートルだよ」



  ・  ・  ・



 そのカメ型のモンスターは、甲羅に無数のミスリル鉱物の結晶でできた棘を生やしていた。


 全長は10メートルクラス、大型のリクガメといった姿であり、ノシノシと闊歩する姿は、堂々たる陸の王者たる貫禄があった。


 甲羅を含め、とにかく硬いことで有名であり、その巨大カメの天敵とも呼べる存在は、ほとんどいない。かのドラゴン種でさえ、匙を投げる堅牢さというのがもっぱらである。


 主食は、地下の鉱物。地面を掘って、岩や土ごと、その大きな口でガブリと食らう。体の硬さは、鉱物を取り入れているせいだろう。


 取り立てて凶暴なわけではないが、ダンジョン内の鉱物が採掘できるエリアに入り込んでしまうと、あらかた平らげてしまうため、採掘系冒険者や出稼ぎドワーフたちから猛烈に嫌われている。


 始末が悪いのが、このミスリルタートルを倒すのがドラゴン並か、それ以上に難しいということだ。数は多くない上、ダンジョンでも深い部分に生息しているので、滅多に遭遇しないのが幸いだった。


 遭遇しても、苦労ばかりで倒せないなら基本スルーの方向ではあるが。


 それを今回、ソウヤは目標に定めた。


 ダンジョンの深く、それも大型種が動き回れる大空洞にミスリルタートルが生息している……。

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