第115話、たまにはご馳走を

「おそーい! 遅い遅い、おそーい!」


 アイテムボックスハウスに戻ったら、ミストさんが大変ご立腹だった。


「悪い悪い。モンスター肉のステーキを作ってやるから、許してくれ」

「ヒュドラ肉」


 ボソリと、拗ねたような調子でミストは言った。


 ――ヒュドラ肉だって?


「何かいいことでもあった?」


 特別で、次回入手未定の肉だから、何か祝いの時だけにしようと決めた食材である。それを使えと聞けば、何かあったと思うのが普通だ。


「……」

「わかった、ヒュドラ肉だな」


 いいことはなかったが、彼女を待たせてしまったご機嫌直しというやつだろう。それを察したソウヤは、さっそくバーベキューセットを用意する。


「庭で晩メシにするぞ」


 家の中だと焼き肉のニオイが残るからだ。セイジやソフィアが、アイテムボックスハウスの庭に机や椅子を用意する。


 アイテムボックスハウスのある空間は、外であって外でないため、気温がどうとか騒音を気にしたりする必要がない。広いからニオイもこもらない。


 夜時間のため、ガルが狼頭の獣人になっている。体格も何も、昼間のイケメンと違うから、同じ人間とはとても思えない。まだ慣れるには時間がかかるな、とソウヤは思った。


「それで、何かわかった?」


 ソフィアが聞いてきた。ソウヤがエアル魔法学校に行ってきたことは皆が知っている。そしてこの時間まで戻ってこなかったのは、学校に入れて調べ物をしただろうと推測できた。


「シートスっていう魔道具関係を担当する教官と知り合った」


 ソウヤは、アイテムボックスからヒュドラ肉を取り出し、刀のような大きさのモンスター包丁で、肉を切断していく。


「図書館にも入れたが、呪いの解き方とか、こちらの知りたい情報についてはまだだな」

「そう……」


 がっかりするソフィア。ソウヤは続けた。


「ただ、友好的な関係を結べた。また図書館で調べ物ができるから希望はもっていいぞ。あー、そうだ、そのシートスが、お前にかけられた魔法の呪いについて専門家を紹介してくれるってさ。次、行くとき一緒に来るか?」

「ほんと? ……でも、わたし、まだ魔法をうまく使えないし……」


 ソフィアがうつむく。


「それをどうにかするために行くんだよ。呪いが解ければ、魔法を格段に習得しやすくなるだろ」


 彼女が何を躊躇っているのか、ソウヤにはわからなかった。


「魔法が使えないわたしが、入ってもいいのかな……って」

「なに一丁前に、遠慮してるのよ」


 ミストがソフィアの後ろから抱きついた。


「あなたには才能はあるんだから、むしろ胸を張りなさいな」

「とかいいこと言いながら、人の胸弄るなァ!」


 何やら大変なことになっているが、仕掛けているミストは「えー」とか、まるで堪えていない様子。


「女の子同士のおふざけじゃない。いつもやってることでしょう?」

「――そういうこといつもやってんの?」


 思わず聞いたソウヤ。調理しながらだったので、チラと見ただけだが、ソフィアの顔がこれ以上ないほど朱に染まっている。


「ばっ、いつもじゃないわよ、バカー! って師匠、やめ――ミストぉ!」

「ワタシはあなたのこと大好きよ。ホールド!」

「はなせぇー! って、他の人が見ているからァ! あ、ほんと、やめ――」


 その言葉に、セイジもガルも、瞬時に顔を逸らして見ないフリを決め込む。


 ――うん、よくできた野郎どもだ。


 ソウヤは、網に分厚いヒュドラ肉を並べる準備にかかる。


「ソフィア、もう少し辛抱すれば、たぶん解放されるから」

「は、はやく、してぇー! ミストぉ! 背中でニオイ嗅ぐな!」


 何だかとても大変なことになっているようだが、見ないのが紳士というものだろう。ソウヤがステーキを焼き始めれば、ジュッと激しい音が響き渡った。


「ところでソウヤ」


 ガルが近くに寄ってきた。狼頭が近くに来るのを見ると、こいつも肉を狙っているのではないか、と思えてしまう。


「獣人化の呪いを解く方法について、何かわかったか?」

「いや、そっちはまだだ。何せ魔族の魔法だからな、見たところそっちの資料は少なそうなんだ」

「そうか……」


 肉を焼いている音のせいで、彼の声が非常に聞き取りにくい。ソウヤは声を強くした。


「と言っても! まだ全部調べたわけじゃないからな! まだまだこれからよ!」

「そうだな……」


 ガルは頷いた。


 ステーキが焼き上がる頃には、ミストがソフィアから離れて、お食事モード。解放されたソフィアは、近くの椅子に座り込んでぐったりしている。


 ――こりゃ魔力をとられたな……。


 それはそれとして、希少なヒュドラ肉ステーキを皆で食べる。


 まだまだ量はあるとはいえ、次の入手がほぼ絶望的な現状、どうにもケチってしまうところがソウヤにはあった。その点、ミストに『ケチケチしない!』と突っ込まれてしまうところまでがセットである。


 ――でも、そういうのも含めて、いいよなぁ。


 しみじみと、ソウヤは思うのだ。立場も出身も職業も年齢も違う男女が集まってワイワイやる。


 勇者時代のソウヤにも、愉快な仲間たちがいたが、その笑顔の裏で魔王軍との戦いや、傷ついた友人、戦死した仲間、滅びた故郷など、それぞれが抱えていて、心から穏やかにはいられなかったと思う。


 もちろん、今の仲間たちも、個々に問題は抱えている。だがソウヤの勇者時代の時ほどの悲壮感はない。


 ――こいつらの問題も、全部解決してやりたいなぁ。


 ソウヤは感慨にふけるのだった。



  ・  ・  ・



 翌日。そろそろ王都を離れて、エイブルの町へ行かなくてはならない。


 丸焼き亭へのモンスター肉の納品のほか、数件立ち寄るところがあったからだ。


 そこでソウヤは思った。


「この荷台つーか、荷車――新しくしたいな」


 ミストにソフィアに、セイジにガル。ソウヤを入れて五人となった銀の翼商会。移動は浮遊バイクの運転にひとり。残り四人は後ろの荷車になるが……さすがに四人は手狭だ。


 移動の間は、アイテムボックスハウスにいてもいいので、全員が荷車にいる必要はない。だが、移動中に何かあった場合、アイテムボックス内の人間にはそれがわからない。


 それに街道などで接客しているところに、いきなり荷台から人が出てくればビックリさせてしまう。


「新しい荷車ですか?」


 小首をかしげるセイジに、ソウヤは頷いた。


「ただ荷物と人を乗せるだけじゃなくて、こう、移動式の家みたいな……そう」


 キャンピングカーとか自家用ヨットみたいな、くつろぎスペースがついたものがいいな、と考えたのだ。


「こう、移動式の店みたいな感じで、商品陳列もしやすい形とかに変形なんかしたら、かっこよくね?」

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