第113話、シートスとかいう魔術師

 

 結論から言うと、エアル魔法学校に、ソウヤのかつての仲間は教官を勤めていなかった。


 知人の伝手には残念ながら頼れなかったものの、捨てる神あれば拾う神あり。学校前の門番とお話していたソウヤに、声をかける魔術師教官がいた。


「ひょっとして、銀の翼商会の方?」

「はい?」


 応じたソウヤに声をかけたのは、眼鏡をかけた青年。魔術師ローブをまとった、細身のその人物は白衣をまとったらどこかの研究員に見えなくもない。


「そうですが」

「やっぱり! いや、あちらにある浮遊バイク、あれ、勇者ソウヤが乗った流星号ですよね!」


 眼鏡の奥の瞳に宿るは好奇心。青年魔術師は、門の近くに停めてある浮遊バイクを指さした。


 ちなみに今回は荷車はついていない。学校にかつての仲間がいたら、バイクを見せて本物のソウヤだと証明するつもりで持ってきたやつだ。……何せ仲間たちの間では、ソウヤは十年前から昏睡状態にあるからだ。


 が、バイクの存在が気になるのは、何も仲間たちだけではなかった。


「いやー、銀の翼商会については噂になってましたからねぇ。あなたが勇者マニアで、かの英雄勇者と同じ名前のソウヤさん?」

「はい、勇者マニアのソウヤです」


 棒読みな返事を返すソウヤ。噂が広まったことが思わぬところで効果を発揮した。


「ご挨拶が遅れました、僕の名前はシートス。この学校で、魔道具関係を担当しています」


 魔道具担当の教官だった。なるほど、浮遊バイクに興味を抱くのは当然とも言える。古代文明遺産の中でも、浮遊バイクはその筋では有名だ。


 ――いや、待て。


「魔道具担当!」


 思わぬ僥倖。これは上手くやれば、魔法カードについてのご意見も伺える。無駄足に終わると思いきや幸運が舞い降りた。


「さ、立ち話も何ですし、中へどうぞ」


 シートスは学校の門を潜ろうとするが、門番が止めた。


「シートス教官、そのこちらの方の入場は――」

「あー、いいのいいの。教官の僕が招待するから。問題ないよね?」

「それは――正式な書類がありませんが」

「招待する本人がその場にいて、いいと言っているんだから書類は不要だよ。そもそもその書類ってのは、外部から来る人が、許可を得ていますってのを君たち門番に見せるものであって、ここに許可した人がいて証明しているのだから書類はいらないんだ」


 シートスは早口でまくし立てた。門番は面食らいつつ、正規の手続きにこだわる。


「ですが、いま、入場を決めましたよね? 予定にはない来訪を――」

「君もわからない人だな。招待した、ではなく招待する、と僕は言ったんだ。今ここで、僕が招待すると言った。頼むからこれ以上、無能をさらさないでくれ」

「……わかりました」


 門番は渋顔で引き下がった。


 ――うわぁ、強引。っていうか、結構、辛辣だこの人……。


 ソウヤは、少し引いてしまった。この門番、きっとシートスのことを内心罵っているだろうな、と思う。


 魔術師というのは、得てしてそれ以外を見下す傾向にあるが、こういうところで傲慢なところが出てしまうのかもしれない。


 ともあれ、ソウヤはエアル魔法学校の門を潜って、中に入ることに成功した。


 重厚な造りの校舎があり、外壁からそこまでかなり広いグラウンドがある。その端では、魔法の実地練習中なのか、生徒たちが魔法による的当てをやっていた。


 シートスは笑顔で振り向いた。


「すみませんね、ソウヤさん。こちらにご用だったのではありませんか?」

「ええ、まあ……」

「何か面白い魔道具とか、古代遺産をお持ちになられたのですか? 特にここではそうした遺産を収集していますからね」


 ――そうだったのか。


 だが、よくよく考えれば、魔法を教える一方、魔術師が集まって知識を集め、研究している場所でもあるのだ。商人が、魔道具や遺物を持ち寄ることもなくはない。


 ――その手でいけばよかったな。


 もっとも、何を土産にするか、というのも問題だが。


「実は、使い捨て魔法カードというのを試作しているんですよ……」

「使い捨ての魔法カード!? 何ですそれ!」


 食いつくシートス。――近い近い!


 ソウヤは、魔法カードの話をシートスに聞かせた。魔力で作ったカードを触媒に魔法を発動する。予め魔法の形を折り込んで作れば、魔術師でなくても魔法が使えるなどなど――


「東洋のフダのようですね……」


 さすが魔道具担当の教官である。元ネタについて素早く理解した。


「アレは東洋の術士――あ、フダを使う魔術師をそう言うのだそうですが、その術士たちは、僕ら以上に秘密主義なので、こちらではよくわかっていないんですよね。……なるほど、魔力をカード化する。何か特殊な紙を使っている説もあったのですが、案外、術士が自分の魔力で作ったものの可能性もあるわけだ――」


 ひとりブツブツと言っているシートス。おそらく癖なのだろう。独り言なのか他人に言っているのか理解しづらい話し方は。


「フフフ、意外なところでフダの謎が解けるかもしれませんね。そちらのより詳しい話を聞きたいのですがよろしいですか?」

「もちろん、試供品もあるので、ぜひシートス教官のご意見を聞かせていただきたい」


 この流れに乗っかるソウヤ。


「それで、ですね。まだ試作段階で、いくつかアイデアがあるのですが……」

「ぜひ聞かせてください!」

「もちろんです。で、非常に申し上げにくい話なのですが――」

「何ですか? 僕にできることなら協力いたしますよ?」


 シートスの目はガチだった。興味のある話にはトコトン食いつくタイプと見た。


「魔術学校には、様々な魔術を収めた書物や資料がありますよね? それを拝見したいのです」

「いいですとも!」


 ――めっちゃアッサリ許可が出たッ!


 拍子抜けするソウヤ。シートスは行き先を変える。


「いやはや、新しい魔道具のアイデア、これを逃す手はありませんよー。学校の蔵書がヒントにさらに新しいものが出来るなら、収集された甲斐があったというもの! あ、ソウヤさん」


 シートスの眼鏡が光った。


「後で浮遊バイク、見せてもらってもいいですか?」

「……いいですとも!」


 図書館を利用することに簡単に許可をもらえてしまった以上、ここは断りづらい。もっとも、閲覧を渋られた時の交渉材料になるかもと覚悟はしていたから別にいいのだが。

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