第112話、魔法学校に入りたい
エアル魔法学校。王都にあるエンネア王国有数の魔法教育機関。国中から素質のある子供たちを集めて、魔法の教育を施す。
ソウヤはかつて、この魔法学校というのは画期的なもの、と仲間の魔術師から聞いた。
何故なら、魔術師は自ら魔術を研究し、独自に発展させてきた。その魔術は、術者と弟子らの秘密とされ、部外者はもちろん、他の魔術師に知られることを極端に嫌っていたのだ。
強力な魔法を使えるというのは、それだけでアドバンテージであり、わざわざそれを明かしてライバルたちを強くするのが嫌ったからである。
だが、魔術師の秘密主義は、時に王族や貴族ら権力者にとっては都合が悪かった。
特に戦争になった場合、魔術師は戦力としてどこの勢力も欲しがった。ひとりの腕利き魔術師は、百の雑兵に勝る――と言わしめられたものだが、複数の魔術師を雇った場合、能力が見えない故に、その成果にもバラつきが見られた。
軍を実際に動かす用兵家にとっては、この魔術師の秘密主義は戦力計算をやりづらくさせた。過剰に自己を誇張している魔術師がいれば、人前で奥義を使いたくないと、己の牙を敢えて伏せている者もいたのである。
これはいけない、と王国は、魔術師の戦力の有効活用のため、戦争向け魔術師の育成機関を設立した。戦力計算がしやすく、戦場に魔術師とその魔法を有効活用できるようにしたのだ。
そしてその教官には、当然ながら魔法が使える魔術師を雇用した。
ここでひとつの矛盾が発生する。魔術師たちの多くは、自らの奥義とも言える魔法とその研究を秘密にし、弟子以外に教えることを嫌う。
だが、実際のところ、雇用された魔術師は、魔法の才能があると思われる生徒たちを指導した。
何てことはない、高い給料がもらえたからである。
いかに魔術を極めようとも、食っていくためには稼ぐしかない。研究のためにはお金もかかることもあるが、そもそもの生活費だって生きていく上では必要なのだ。
「世の中、結局、金なのだ」
ソウヤが言えば、ミストは鼻で笑う。
さて、前置きが長くなったが、ソウヤは、この魔法学校に入る口実を考えていた。
「ソフィアのためかしら?」
ミストが小首をかしげる。
以前、ソフィアが知人のコネで入ろうとしたことがあったが、その知人が亡くなっていたため果たせなかった。
「それとはまったく関係ない。目的は魔法の資料だ」
簡潔に言えば『呪い』についての資料を探しているのである。
「ガルの獣人化の呪い、ソフィアの魔力を操れない呪い……これらの解除方法を探るというのが第一だな」
ソウヤは王都の街並みから、魔法学校の高い壁を眺める。
「あとできれば、魔道具と、復活アイテムなどの情報が欲しい」
「魔道具は魔法カードの参考かしら?」
「そんなところ。復活アイテムはアイテムボックス内に保護している人の復帰のためだな」
「それは、これまでもやってきたことよね?」
「手掛かりが欲しいんだよ」
闇雲に探して見つかったのは、ランドールの時の一個だけでは、埒が明かない。
「……実はアイテムボックス内に、ひとり、呪い解除に強い人間がいる」
「なるほど」
ミストは合点がいった顔になる。
「その人間を復活させられれば、ガルやソフィアの問題も解決するかもしれないってことね」
「まあ、そんなんだけどね」
ソウヤは表情を曇らせた。
「ただ『彼女』の場合、ちょっと復活が面倒なんだ……」
彼女は『石化』しているため、それを解かなくてはいけない。
この世界では、一般的な治癒魔法では石化は治せない。故に、伝説の秘術とかを持っているだろう魔術師を探すか、古代の魔法薬や石化解除のアイテムなどを発掘するしか現状、手がないのだ。
前者は、そんな伝説の秘術を持っているような魔術師など、なお秘匿するものなので、早々見つからない。後者は、宝くじとかレアガチャを引くようなもので、正直、運がないと一生お目にかかれない可能性もあった。
「なあ、ミスト。ドラゴンの血で石化解除できない?」
「ワタシ、石化は使えないのよねぇ」
ミストは指を顎に当て、可愛らしく首を傾げる。あざとい。
「石化ブレスを使うドラゴンとかモンスターなら、その血に解除効果はあるでしょうけどね……。そういうの探して狩る? 大変だけど」
バジリスクとかコカトリスとか、あるいは大地系統ドラゴン――どれもモンスターランクが高く、石化攻撃を繰り出すために、挑むほうも石化のリスクがあって大変危険だ。
「コカトリスで思い出したけど、確かアレが食べている草って石にならないんじゃなかったかしら。それで石化を解く薬にならなかったっけ?」
ミストが言ったが、ソウヤは眉を八の字に下げた。
「それ、石化予防か石化中に飲むやつで、完全に石化した場合は使えないんだ」
石になった人間は、飲んだり食べたりはできない。口から摂るということでお察しの通り、振りかけたり塗ったりしたところで効果はない。
「だが、もしかしたら石化解除の魔法とか、そういうのが魔法学校にあるかもしれない。あそこは魔術師教官だけでなく、魔術書や資料も集められているからね」
それが魔法学校に行きたい理由でもある。
だが、生徒に魔法を教えても、部外者に魔術の秘伝を明かすつもりはない。魔術師だけでなく王国も、そこは一致しているため、ソウヤのように完全に関係のない人間が立ち入ることは不可能と言っていい。
「ちなみに、だけれど」
ミストは切れ長の瞳を細めた。
「その『彼女』って誰?」
「うん、かつては『聖女』様と呼ばれていた人だよ」
魔王討伐のために、ソウヤたちと同行し、魔王軍の強力な魔法からソウヤと仲間たちを救ってきた女性だ。
それ故、勇者パーティーを倒すためには、まず聖女から脱落させねばならないと狙われた結果……ソウヤのアイテムボックス内で石化状態で保護されている。
彼女なしで、何とか魔王を倒せたが、聖女の喪失は人類社会にとっても大きな損失と言えた。
あれから十年経ってしまったが、彼女も復活させたいのは偽りないソウヤの思いだった。
「これまでは行商活動をある程度、軌道に乗せたいってあったけど、そろそろ本格的に、こっちの活動も力を入れたいなって思う」
先の秘密主義の魔術師も結局は金だと言ったが、それは誰もが同じだ。生きていく上で金はあったほうがいいし、安定した基盤があったほうが、色々と動けるのだ。
「……で、今は、魔法学校に上手く入って、資料漁りをする方法だ……」
頭を抱えるソウヤ。部外者お断りだからといって、不法侵入をするつもりもない。
「ねえ、ソウヤ。あなた、魔法学校に知り合いはいないの?」
ミストが指摘した。
「十年前のあなたのお仲間に魔術師もいたんでしょ? ソフィアじゃないけれど、誰か知り合いが教官をやってたりしない?」
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