第111話、答えは身近なところにありました
ソウヤがロッシュヴァーグに持ちかけた装備についての相談とは、第一にガル用の武具、装備ベルトについてだった。
「ワンタッチで長さを変えられるベルトとか、ないだろうか?」
元の世界にあるゴム紐のようなものがあれば、ズボンは誤魔化せるが、装備ベルトなどでは重さでずり落ちてしまうだろう。
「さあて、そのような細工はわしはしらんな。武器や防具は専門とはいえ、留め具や革のベルトについては既存のものしか使わんからのう」
「じゃあ、長さが変わる特性を持ったベルト素材とかは?」
「ふん、聞いたことがないが、古代文明遺産とかなら、そういう類のものがあるかもしれんの。ダンジョンや遺跡を探したほうが早いと思うぞ」
――おいおい、それって宝くじで当たりを引くくらいの確率じゃね? どんだけー。
ソウヤは首を振った。
「というかな、ソウヤ」
ロッシュヴァーグは、もっさりヒゲを自身の手で撫でた。
「お前さん、ムチャクチャなものを考えておるという自覚はあるか? そもそも、そんな長さの変わるベルトなんぞ、何に使うんじゃ」
「何って……」
言いかけて、ソウヤは口を閉じた。
夜になったら獣人化する仲間がいるから、そいつに合わせて武器を携帯できるようにしてやりたいんだ――などと言ったら、このドワーフはどんな反応を返すだろうか。
――いや、彼も亜人だから、獣人用と言っても問題ないか。
ソウヤは思い直す。勇者時代のソウヤを知っているロッシュヴァーグなら、獣人化する仲間くらいで、ドン引きしたり通報したりはしないだろう。
むしろ、呪いのことで何か話が聞けないだろうか。何せこのドワーフの名工はソウヤよりも長生きしている分、色々知っている。
「他言はしないでくれよ……」
一応、釘を刺しておく。特に言われてなかったから、つい話しちまった、というのは避けてもらわねばならない。
ソウヤは、獣人化の呪いをかけられた仲間のためだと、事情を説明した。そうしたら、ロッシュヴァーグは鼻をならした。
「それ、ベルトじゃなくちゃ駄目なのか?」
「と、言うと?」
「長めの紐を鞘につけて下げるのでは駄目かと聞いとるんじゃ」
ロッシュヴァーグは休憩室の一角に飾られている武器のひとつを指さした。鞘に収まっているが、見た目は刀のように見える。
「東洋の武器で『カタナ』という剣がある。あれの鞘についている紐……サゲオというらしいんじゃが、結び方が色々あってのう。やり方によってはすぐ解けるようになっておったりする」
獣人化で体が肥大化する際に素早く紐を解き、終わったら獣人サイズに併せて、結び直す。
「これなら特別な素材もいらんぞい」
「あんた、天才か!」
「別にわしの発明じゃないぞ」
フン、と荒々しい鼻息をつくロッシュヴァーグ。
刀であるなら、日本人のほうが馴染みがあるはずなのに、なかなかどうして武器の専門家には及ばないものである。
というより、この世界の東洋は、ソウヤのいた世界と同様に刀があるようだ。和の国もあるので、と思った。
――これは一度、行ってみたいものだ。
「武器はそれで何とかなりそうだな。後は装備か」
「腰の太さが変わるなら、ベルトは諦めて、肩掛けタイプはどうじゃ?」
「そいつ、素早さが信条みたいな奴だから、動きを阻害しそうで却下だろうな」
あまり動かないように長さを調整したとしても、ギリギリでは獣人化の際に自らを締め付けてしまう。かといって余裕を持たせると、走ったりするのに邪魔になる。
「それに獣人化したら武器の鞘も調整しないといけないだろうしなぁ……」
わずかな時間しかない変身の時にあっちもこっちも、なんてやっている余裕はないかもしれない。
うーん、とソウヤが唸っていると、ロッシュヴァーグは、ふと思い出したような顔をした。
「……なあ、ソウヤ。お前さん、ふだん装備は、どこから出しておる?」
「アイテムボックス」
即答である。
「じゃあ武器は?」
「アイテムボックス」
「答えは出ておるじゃろう。お仲間にアイテムボックスを持たせてやれば解決じゃろ」
ロッシュヴァーグは肩をすくめた。
「お前さん、箱型なら何でもアイテムボックスになるんじゃろう? 細長い筒みたいな形にして鞘代わりに持たせれば、それひとつで済むな」
「あんた、本当に頭いいな」
ソウヤは褒めつつ、しかし少々複雑な気分になる。
「オレが底抜けのマヌケに思えてきた」
アイテムボックスは熟知している、とまだまだ言えない。
「そうじゃな。本当ならわしじゃのうて、お前さんが思いつくべきところじゃろうな」
ロッシュヴァーグは言いつつ、首をすくめた。
「今回、お前さんはベルトにこだわっておったからの。わしが気づいたのは、お前さんの勇者時代、仲間たちがアイテムボックス型ポーチのついたベルトを貰いながら、そこに武器をしまおうとしないのが気になっておったからじゃ」
「……そういえば」
十年前の魔王討伐の旅で、仲間に小型アイテムボックスに回復薬などを入れて携帯させた。だが、ロッシュヴァーグの指摘どおり、仲間たちは武器もしまえるのに、別に持っていた。
あの時は、武器はすぐに使えるように別のところで携帯しているのだ、と納得していたのだが、言われた通り、アイテムボックスにひとまとめにできたはずである。
ともあれ――
「ありがとうよ、ロッシュ。おかげで解決した」
「いいってことよ。もしお礼がしたいんなら、オリハルコンをくれ」
「もってねえよ! ……欲しいのか、オリハルコン」
「そりゃ、あれば欲しいさ」
この世界では超絶レアな金属で知られるオリハルコン。魔法金属として有名なミスリルより、さらに上位のものに当たるが、とても希少な品で、古代文明遺跡でしか発見されていない。
「ま、ミスリルで勘弁してやる。魔法金属武器の依頼がきておってな。今回は足りるじゃろうが、ストック分がなくなるんでな」
「オーケー、ミスリルを調達してくるよ」
ご依頼ありがとうございます――訪問販売ならではの、立ち寄ったついでに注文をもらうやつである。
相談事が解決した上に、仕事ももらって機嫌もよくなるというものだ。
「じゃあな、ロッシュ。魔族の件は、頼んだ」
「おう、うまく報せておく。お前さんも無理すんなよ」
見送りを受けて、ソウヤはロッシュヴァーグ工房を後にした。
その後、ガルには、製作した鞘型のアイテムボックスを渡しておいた。
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