第110話、さすがに全裸はマズいでしょ

 ウェヌス騒動が落ち着き、ガル・ペルスコットが正式に銀の翼商会に加わった。


 戦闘・探索要員ではあるが、昼間は行商のほうも手伝ってもらうかもしれない、とソウヤは思った。


 基本的に、辺境集落で商売する時以外は、ダンジョンとかモンスターがはびこる平野で客を相手にすることがあるから、周辺警戒要員はいてくれると心強い。


 だが、ガルの黙っていてもイケメンというのは、売り子とかで使えないものか。ソウヤ自身が、商人というより冒険者という風貌をしているせいでもあるのだが……。


 冒険者などを相手にするなら、むしろソウヤのように『強そう』なルックスはありだが、一般人だと『怖そう』が先行してしまうのだ。


 行商として来ても、ならず者とまではいかないにしろ、傭兵や粗野な冒険者に見られて敬遠される、なんてこともありそう、と結構気にしているソウヤである。


 さて、そのガルであるが、彼は夜に獣人化する呪いのせいで、日常生活を送る上で不便がつきまとう。


 獣人云々はともかく、変身前に衣服を脱いでおかないと駄目にしてしまうというのは経済面で痛い。うっかり忘れたり、間に合わなかったら、目も当てられない。


 全裸でいることが、一番の解決策に思えるが、さすがにそれはまずい。結果的に、ガルは通常の服を着ることができず、防具もつけられない。


 ではどうするか?


 ここはシンデレラに倣い、魔法でドレス、もとい衣服を用意する。幸い、魔力を装備や衣服に変える術は、ミストが使える。日中の間だけ、魔力で作った衣服が保てばいいので、それで姿の面はクリアだ。


 ミストの観察力で培われた衣装デザインは、細部の再現もバッチリである。今は魔法カードで、防具などを再現できないかと取り組んでいるので、こちらもよい記録がとれるだろう。


 衣服の問題はそれで一応の解決を見たが、彼にも悩みがあった。


「武器の携帯が不便なんだ」


 ガルは暗殺者だ。ダガーやショートソードなどの、軽量武器による近接戦を得意としている。他にも投擲用のナイフや、その他暗殺系の小物を携帯していたらしいが、獣人化の呪いで、それらを持つことが難しくなったという。


「ベルトをつけても、夜にははずさないといけない」


 服同様、つけたままだとベルトが千切れるらしい。


 ――変身時のパワーどんだけー。革のベルトが切れるとかマジかよ……。


 腰はもちろん、手首や腕、太ももなどの携帯装備用ベルトもアウト。剣一本持つのも苦労しているという始末。


「そうなると、装着者のサイズを勝手に調整するような魔法のベルトとかじゃないと駄目ってことか」


 そんな都合のいいもんあるのか?――唸るソウヤに、セイジが言った。


「あるにはあるらしいですよ。滅多にないらしいですが、時々トレジャーとして出てくるとか」

「そりゃ滅多にありゃ苦労はしないよな」


 ――オレみたいに、どこでもアイテムボックスを出せるなら、そこから出すことで解決なんだが……。


 ソウヤが他人に渡してやれるアイテムボックスは、基本、箱型のもので、異空間に収納していくタイプは不可。


 箱型でも外の大きさと内部容量は異なるので、たとえばカードケース程度の大きさのアイテムボックスを鞘代わりにしたり、装備を入れることも可能だが、問題はそれを固定しておく方法がないということだ。


 当面は、紐で下げて、必要な時に長さを調整するしかないか。何かよい方法はないものか。


「携帯で思い出したが、ガル、魔法カードを使っていくか?」


 カードの種類によっては、小物や道具の代わりになると思う。


「小さな攻撃魔法でも、投げナイフのように使えるだろう。いろいろ応用できそうだ」


 ガルも乗り気のようだ。戦闘系暗殺者は素早い行動を好む。携帯性に優れた武器、装備は当然、彼の守備範囲である。


 ――そうなると暗殺者ならではの魔法カードとかできそうだな。


 ソウヤは相好を崩す。魔法カードに新しい用途が生まれそうだ。


 その一方、ここでひとつ別の問題。セイジやガルが魔法カードを使って成果を出すとなると、本職の魔術師を目指すソフィアが立つ瀬がない。

 ミストが、それをソフィアに指摘するのだ。


「魔法カードマジシャンを目指すのならともかく、本気で魔術師を目指すならトレーニングしましょ」


 魔法カードマジシャン……、響きが格好いいと思ってしまうソウヤ。


「そうなんだけど……」


 当のソフィアは難しい表情をする。


「わたしにかけられた呪いをどうにかしないと、魔法を教わっても満足に使えないわ」


 ソフィアとミストのやりとりを聞いて、ガルがソウヤを見た。


「彼女、何か呪いをかけられているのか?」

「魔術師なのに、魔力を制御できない呪いをかけられているんだそうだ。だから自力で、魔法を使うことができない」

「……」


 黙り込むガル。その視線がソフィアに向けられ、どこか同情するような目をしていた。種類は違えど呪いをかけられている者ということで、親近感でも湧いたのかもしれない。


 魔法に関しては、ミストに任せるとして、ガルの装備を何とかしないといけない。ついでに気になっている要件も済ませてこよう。

 ソウヤは、ガルとセイジに告げた。


「ちょっと出かけてくる。セイジ、ガルに戦闘技術を教えてもらえ。オレと違って、彼は器用だからな」

「はい! ガルさん、よろしくお願いします!」

「わかった。……ソウヤ、あんたはどこへ行くんだ?」

「せっかく王都にいるからな、古い友人に会いに行く」



  ・  ・  ・



 かくて、ソウヤの姿はロッシュヴァーグ工房にあった。


「魔族ねぇ……」


 ドワーフの名工、ロッシュヴァーグは、休憩のお茶をすする。


「王都にまで潜伏しとったか」

「ああ、ウェヌスって暗殺組織を乗っ取ってやがったよ」


 ソウヤは、壁にもたれて天井を見上げる。


「行きがかり上、潰したんだがね、そのブルハって魔族には逃げられた」

「ブルハ……知らん名じゃな」


 ロッシュヴァーグは嘆息した。


「魔王との戦いから十年も経っておるんじゃ。またぞろ、連中は何かしでかそうとしているということか」

「可能性はある」

「それで、わしにどうしろと? 間者の真似事はできんぞ」


 顔をしかめるロッシュヴァーグに、ソウヤは苦笑した。


「あんたにそれを期待しちゃいないさ。ただ、古いお友達に心当たりがあるだろ?」

「そういうことか。じゃが、それならお前さんが直接言えばよかろう?」

「オレ、一応死んだことになってるの。わかる?」


 ソウヤは大げさに手を振った。


「あんまり城には近づきたくないんだよ」

「わしは伝書鳩か」


 やれやれ、とロッシュヴァーグは立ち上がった。


「ま、事が事じゃからのう。王国の連中の耳には入れておくべきじゃろうな」

「すまないな」

「ところで、要件はそれだけか?」


 ロッシュヴァーグの視線を受けて、ソウヤは口元を緩めた。


「装備のことで、二、三、相談したいことがある」

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