第109話、暗殺者の今後
ソウヤはガルを銀の翼商会に誘った。予想だにしていなかったのだろう。暗殺者の青年は目を見開いた。
「俺を……?」
「どうしてもブルハを今すぐ追いかけたいって言うなら止めないが、そうでないのなら、お前にとっても、銀の翼商会にいるのは悪くない選択だと思うんだ」
ガルは獣人化の呪いを受けている。昼間はイケメンの青年だが、夜になると獣人の姿になってしまう。体格も変わるため、服もよく駄目にしてしまう。
「夜の間は、オレのアイテムボックスの中にいれば、人間たちに襲われることはないし、ゆっくり休むこともできる。飯も食えるぞ」
「……」
「一応、オレは獣人化しているカリュプスメンバーをアイテムボックス内に収容しているが、呪いが解ける方法を見つけて、元に戻してやりたい」
「それは、本当なら俺が面倒を見なければいけない案件だ」
ガルは頭を下げた。
「まあ、事情が事情だしな。いま下手に出すと、ブルハの命令で襲い掛かってくるから、出すのは、元に戻す方法を見つけてから、ひとりずつがいいだろう」
「何故、そこまで……」
不思議そうな顔をするガル。
「俺たちはアウトローだ。そんな、堅気に助けてもらうような人間じゃない」
「人を助けるのは性分なんだ」
ソウヤは答えた。
「助けたいと思ったなら、俺にはそれで充分なんだよ」
これも勇者気質というべきか。ソウヤが思わず苦笑すれば、ガルは俯いた。
「俺は、人に頼るということをよくわからない。うまくは言えないが、ソウヤの好意に、甘えていいだろうか?」
「甘える?」
なんだそれ――ソウヤはさらに表情が緩んだ。――本当に下手くそだな。
「おう、甘えろ甘えろ。頼れ頼れ!」
ソウヤは受け入れた。来る者は拒まずが、彼の基本スタンスなのだ。そんな彼に、ガルは薄く笑った。
「あんたは変わってるな」
「よく言われる」
「いや、俺のような殺し屋を、偏見もなく受け入れ、獣人化すら恐れていない」
「この世の怖いものってやつを、あらかた経験すれば、大抵のことなんて、大したじゃなくなるのさ」
「あんたが一番怖いと思ったものは?」
「魔王かな」
ソウヤの答えに、ガルは真顔になる。どう反応すべきかわからないといった表情というべきかもしれない。ソウヤは皮肉る。
「お前もそんな顔をするんだな」
「どこまで本気なんだ?」
「本気もなにも、本当のことさ」
魔王は恐るべき敵だった。強大なる力、魔術、どれをとっても、ソウヤが見てきた中で最強。また戦いたいとは、おそらく思うことはないだろう。
「魔王はとっくの昔に死んだ。勇者によってな――」
そう口にして、ガルははたとなる。
「そうか、勇者マニアではなく、本物の……勇者ソウヤか」
「周りには言うなよ。ミストとセイジは知っているが、ソフィアは知らないからな」
「この前は、勇者マニアだと言っていたが……なるほど」
頷くガル。ソウヤが見たところ、ガルはお喋りな人間ではない。暗殺者という職業側、他言するようなことはないだろう。その確信があったからこその、ソウヤのカミングアウトである。
そして、この告白は、包み隠さないという部分で、ガルの信頼を勝ち取ることになる。
「俺は、ブルハへの復讐や、この身の呪いを解く方法を探すことを諦めていない」
「あぁ、必要ならいつでも、ここを出ていってもいいし、オレで協力できることは手伝わせてもらう」
ソウヤも、魔族の動向は気になっているのだ。
「あんたには仲間を預けている。その借りの分も、働かせてもらうつもりだ。俺はこの身にかえてもあんたを守る」
「お、おう……。そいつは頼もしいな」
イケメンが何をクサいことを言っているのか。オレは男だぞ、まったく――ソウヤは苦笑した。元勇者を守るなど、大きく出たものである。
だがそれが、ガルの覚悟なのだろう。
「それで、銀の翼商会と言ったか?」
ガルが話題を変えた。
「商会というからには商人のようだが、どういう組織なんだ?」
「そういや、きちんと話していなかったな。オレたちは白銀の翼という冒険者パーティーであり、銀の翼商会という行商でもある」
「……名前が似ているようで違うのは理由があるのか?」
「呼ばれ方で、相手がオレたちに何を求めているかわかるだろ?」
冒険者パーティー名で呼べば、魔獣退治などの冒険者要件。銀の翼商会で呼べば、商売の話。どちらで呼ばれるかで、相手がどういう経緯で声をかけてきたかわかりやすくなるという寸法だ。
ソウヤは、まず銀の翼商会について説明した。
各地を巡回する行商であり、ソウヤの持つアイテムボックスを利用した物資輸送、一般的な行商以上の品揃えと量を携えての辺境行商、取引契約のある顧客の元への訪問販売などを主にやっている。
同時に、白銀の翼として冒険者業を兼任。冒険者の依頼や、魔物退治、護衛、ダンジョン探索などを遂行する。
「すると、俺は白銀の翼のほう――戦闘要員で役に立てそうだな」
ガルが言った。腕のいい暗殺者である。ウェヌスの構成員を軽く返り討ちにする技量は本物だ。夜間の獣人時でも、こと戦闘では頼もしい味方となるだろう。
「他にも斥候や、探索、トラップの処理もできる」
「いいね!」
ダンジョン探索におけるシーフ的ポジがこなせる、という本人のアピールである。ソウヤは聞いた。
「魔法はどうだ? 使えるか?」
「いや、基本的には武器専門だ。近接が得意だが、武器なら一通り扱える」
「さすが。プロは武器を選ばないんだなぁ」
素直に感心するソウヤ。自身も剣など近接武器は得意だが、弓などはほぼド素人なのだ。
「魔法が使えないと駄目か?」
ガルが小首をかしげた。
「ソフィアと、セイジだったか? 二人は魔法を使っていたが……」
「あれは魔法カードという使い捨て魔道具だ。うちの新商品でテストしているが、ガルも魔法を使えないなら、好きなのを選ばせるから心配するな」
むしろ、本職暗殺者が、どんな魔法カードを選ぶか興味津々である。商品開発のためのよいサンプルになるに違いない。
ともあれ、腕利きが加わってくれたことは心強い。強い冒険者になりたい、というセイジにとっても、ガルの戦闘技術やスキルは、お手本になるだろう。ソウヤとミストは、武器に関しては力任せな部分は教えられるが、少々手薄でもある。
ソウヤは頷いた。
「じゃ、どれくらいの付き合いになるかわからないが、よろしく頼む」
「こちらこそ。不便をかけるが、世話になる」
銀の翼商会に、新たなメンバーが加入した。
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