第108話、ウェヌス、壊滅!
ブルハは去り、地下闘技場には静寂が戻った。
ガルは表情を歪める。
「くそっ、奴を取り逃がすとは……!」
ここまで感情を露わにするガルも珍しい。だがそうなるのも理解はできるソウヤだった。
何せあの美魔女は、ガルとその仲間たちに呪いをかけた張本人である。彼としては自分の手で始末したかったか、あるいは呪いを解かせたかったのではないか。
ソウヤは、ガルの肩を叩いた。
「とりあえず、ここを探索しよう。もしかしたら、奴の魔術に関する手掛かりがあるかもしれない」
呪いを解く方法があれば、とも思うが、可能性は低いか。いや、調べてみないとわからないだろう。
「そうだな」
ガルが同意したところで、ソウヤたち一行はアジト内を捜索した。
その結果、まったく想像だにしていない事実が明らかになった。
奥を調べたところ、壁に埋め込まれた男がひとり。レリーフにしては悪趣味。さすが暗殺組織、えげつないと思っていたところ、その男は生きていた。
「……あの、女は?」
「ブルハのことか?」
ソウヤは男に声をかける。四肢が壁に埋め込まれた男は、やつれ、今にも死にそうなほど衰弱していた。
「あの女なら逃げたよ」
――どうやって助ければいいんだ、これは……?
壁に埋まっている手足を傷つけずにやれというのか?
「……そうか、あの悪魔は……いない、か」
男はフッと笑った。ソウヤは聞いた。
「あんたは何者だ? 何で壁に」
「私か? 私は、ウェヌスの首領アフティー・ダン……。悪魔に組織を乗っ取られた、情けない男だよ……」
「!?」
ガルが息を呑む。ウェヌスの首領――カリュプスと抗争を繰り広げ、壊滅させた暗殺組織のボスである。
そんな男が、壁に生き埋めにされ、しかも組織を乗っ取られたと言う。
「悪魔というのは、あのブルハという魔族か?」
「魔族……か。なるほど、魔族だったのか」
ふふ、とアフティー・ダンは薄く笑うと、がっくりと首が垂れた。ソウヤとガルの後ろで見ていたミストが「死んだ」とポツリと言った。
「乗っ取られた……?」
ガルは信じられないとばかりに首を振った。
「そんなことで、カリュプスは壊滅させられたのか……!」
「オレらが戦っていたのは、ウェヌスであってウェヌスじゃなかったのかもしれない」
ソウヤはボリボリと頭をかいた。
「最近、頭角を現したってあの魔女が、暗殺組織を内部から変えていったんだろうな。……どうりで暗殺組織っていう割には、雑魚い盗賊崩れみたいな連中ばかりだと思った」
ソウヤの見てきたウェヌスの構成員のほとんどが、暗殺組織というより盗賊か犯罪組織じみた連中だった。
組織を乗っ取り、暗殺組織であるカリュプスに抗争を仕掛けた。魔族であるブルハが、何故そんなことをしたのかはわからない。
だが、何か企みがあったはずだと、ソウヤは思った。ただカリュプスを滅ぼしたいというだけなら、わざわざウェヌスを乗っ取る必要もない。もっとシンプルにやれたはずだ。
「まあ、わかっていることと言えば、実質ウェヌスを支配していたブルハが逃走し、ここにいた戦闘できそうな連中を掃除したことで、ウェヌスはほぼ壊滅したってことか」
「ああ、そうだな……」
ガルは同意した。ソウヤは振り返る。
「ミスト、セイジとソフィアを連れて、アジト内の捜索。何か手掛かりがないか調べてくれ」
「いいけど、あなたはどうするの?」
「オレは、やっこさんを処理する」
ソウヤは、死体となったウェヌスの首領を見やる。
「さすがにこのままにしてはおけないだろ。……ガル、お前はどうする?」
「俺も、アジトの中を調べる」
――あー、そう。手伝ってはくれないのね。
獣人化の呪いに関する資料なりを調べたいと思っているだろう。彼を責めることはできない。
かくて、手分けして作業にかかる。ソウヤはアフティー・ダンの遺体を回収し、どこか埋葬できるところが見つかるまで、アイテムボックスに収納した。
なお、アジト内の捜索では、武器や防具、金銀お宝、魔道具などを発見した。これは奪ったものもあれば、彼らが殺した者たちの戦利品も混じっていた。カリュプスメンバーの武具などがあって、ガルはさらに怒りをため込んでいた。
だが、彼の探していた獣人化の呪いについては、実験の経過報告書――つまり呪いをかけたカリュプスメンバーを観察した記録があったくらいで、呪いのやり方や解除の資料は見つからなかった。
・ ・ ・
ウェヌスのアジトから撤収し、アイテムボックスハウス内に戻ったソウヤたち。
ほぼ無傷で帰ってくることができて、ホッとする。皆が思い思いに休息をとる中、ソウヤはガルを呼び出した。
家の外のフリースペースで、ソウヤは問うた。
「ガル、お前、これからどうする?」
「……」
「ウェヌスは壊滅したと言っていいだろう。ボスは死に、カリュプスを襲っていたブルハって魔族も逃走した。気がかりはあるが、オレとしては目的としていたウェヌスをぶっ潰せた」
ソウヤはガルを見やる。組織のリーダーや仲間のほとんどが殺され、一部、獣人化の呪いをかけられ、今もソウヤのアイテムボックスにいる者がいる。
ガルの、ブルハへの怒りは相当なものはずだ。今からでも追いかけて、殺してやりたいと思っているのでは――とソウヤは推察する。自分だったら、間違いなくそうしていた。
「……どこを探せばいいと思う?」
ガルがポツリと言った。ソウヤは視線をぐるりと回した。
「それはブルハの居所か? それとも呪いを解く方法のことか?」
彼は珍しく頭をかいた。まるでソウヤがそう返してくるとは思っていなかったように。
「……ブルハのことだったが、どっちもだな」
「さあな。今のオレにはまったく予想もつかない」
わかっていれば、とっくにガルに教えていた。
「ただ、魔族の動きについては今後、行商をしながら調べていこうと思っている。最近、連中の動きがきな臭い」
「……ああ」
「で、呪いのほうだが、高名な医者か魔術師に会うことがあれば聞いてみようと思う。あと、ダンジョンなどで、呪いを解く類の魔法薬やアイテムなどが出てくる可能性がある。それも探してみるつもりだ」
「……そうか。すまない」
「なに、オレのほうにも、そういう魔法薬やら医者を探す事情ってもんがあるからな。そのついでさ」
アイテムボックス内の、瀕死の者を助けるためにも。
「それで何だが……ガル。お前、うちの銀の翼商会に来ないか?」
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