第89話、アナタを食べたい
魔術師になりたいけど落ちこぼれのソフィア。家を飛び出したはいいが、予定が狂い、目下、絶望中の彼女。
だが、そんな状況をソウヤが放っておくことはできず、さてどうしたものかと考えていたら、意外なことにミストが手を上げた。
「ワタシが魔法使いにしてあげる!」
この申し出は、ソフィアはもちろん、ソウヤもまた驚いた。
「どうしたんだよ、いきなり」
美少女の皮をかぶったドラゴン娘が、まさかただの人間の苦境に手を差し伸べるような発言をするなど。
――明日は雨かな?
「この娘ね、一目見たときから、美味し……もとい、強い魔力を感じたのよ」
――いま、美味しそう、って言いかけなかった?
「能力はあるのよ。どうして魔法が使えないかわからないけど、興味があるから付き合ってあげると言っているの」
「……本当に?」
ソフィアの目が、真剣にミストへと注がれる。王都までの道中で、ミストがセイジに魔法を教えていたのは見ている。
だから魔法について、まったくの素人ではないことくらいは、知り合って日が経っていなくても、ソフィアにはわかるのだろう。
「わたしに、魔法を教えてくれる?」
「ええ、ただし、タダでとは言わないわ」
ミストは背もたれにもたれながら、舌舐めずりをした。さっき飲んでいたぶどう酒――ではなく、どうにも蛇が獲物を吟味しているような目である。
「わたしは、お金を持っていないわ……」
「お金なんて、そんな価値のないものはいらないわ」
――おいおい、価値がないなんて言うなよ。
ドラゴンさんや、おたくが生活しているのにだって、こちとらお金を使っているんだからね! ――とは言うものの、彼女はそれに見合った働きをしている、つまり給料分しっかり活躍しているので、抗議はお門違いだ。
「じゃあ、何を……」
「魔力をちょうだい」
さらっとミストは言った。
「え? 何だって」
聞き違いかな、とソウヤは思った。それはソフィアも同様だった。
「魔力を……?」
「そ。あなた、魔力がだだ余りしていて、それはもう周囲にばらまいている自覚ある?」
――そうなの?
ソウヤは、ソフィアを見るが、彼女にもまったく自覚がないようで目をパチクリさせていた。
「ああもう、食べちゃいたいくらいに!」
ミストさん、テンション高め。
――食べる……? それは物理的に? それとも性的な意味で?
どちらもヤバイので黙っておく。ソウヤはセイジと顔を見合わせた。
「大丈夫かな? オレの耳、正常?」
「だと思いますよ。僕にも……えぇ、そう聞こえました」
ドン引き男性陣に気づいたか、ミストが咳払いした。
「そうね、たとえるなら、昔々、災厄をもたらすドラゴンを鎮めるために、清らかな魔力の持ち主である生け贄を捧げたって話、聞いたことがない?」
――何か、そんな昔話を聞いたことがあるような、ないような……。
元の世界の話だが、ドラゴン、というか、化け物が絡むお話でよくあるような。
「つまり、どういうこと?」
「ドラゴンが涎を出して喜ぶような魔力の持ち主っていうことよ」
「……それを臆面もなく言う時点で、たとえ話でもアウト」
ドン引きが加速する。絶句するセイジに、ソフィアなどは顔が青ざめている。ミストは首を横に振った。
「大丈夫よ、本当に食べるわけじゃないから」
「当たり前だ」
ソウヤは額に手を当てる。――頭が痛くなってくる。
「で、あんま聞きたくないけど、具体的には何をするんだよ?」
「別に。ただ体を寄せ合ったり、添い寝するくらいかしら」
美少女同士が添い寝――
「それ、エロいことじゃないよな?」
「当たり前でしょ。ワタシはそこまで趣味悪くないわよ」
「そう願いたいね」
ソウヤはため息をつくと、改めてソフィアに視線をやった。
「一応、こんなことを言っているがどうする? 嫌なら断ってもいいんだぞ?」
「断って……どうなるというの?」
ソフィアは、じっとミストを見据えた。
「魔法、使えるようになるのよね……?」
「それはあなた次第よ。ただ、魔力をもらう分の仕事はするわよ」
「……わかったわ」
そっと息を吐いたソフィアは、覚悟を決めた。
「その条件で受けるわ。どの道、わたしには選択の余地なんてないんだから」
「うーん? そうかなぁ」
ソウヤは口を挟む。
「たとえば、しばらくオレたち銀の翼商会で働きながら、お金を稼いで魔法の先生を探すとか……」
「ソウヤ、余計なことを言わないの」
ミストが口を尖らせた。
「えぇ、余計なこととか言うなよ……」
それほど悪い案ではないと思うが――ソウヤは肩を落とす。セイジが口を開いた。
「でもソウヤさん、ミストさん。魔法を教えるって、一日二日で出来るものでもないでしょうし、後々のことを考えて、ソフィアさんを雇うのはありだと思いますよ」
――セイジ、お前、本当いい奴だな……。
援護射撃を受けて、ソウヤも少し慰められた。ソフィアが立ち上がった。
「選択肢はあったほうがいいわ。あなたたちがよければ、わたしをしばらく置いてほしい。その……払えるものがないけど」
「魔力があるー」
「ミスト、少し黙ってろ」
銀の翼商会社長はオレだぞ――と言うのは心の中に留めて、ソウヤは首肯した。
「魔法うんぬんはともかく、今後生きていくためにもお金は必要だ。オレたちのところで稼いで、選択肢を広げていくといい。その間の面倒は、オレがみてやる」
「オレたち、でしょう?」
ミストが言えば、セイジも微笑した。ソウヤも席を立った。
「ようこそ、銀の翼商会へ。ソフィア、お前を歓迎する」
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