第81話、お客を乗せて、いざ西進
町を出るまでだんまりかと思ったソフィアだが、そのまえに口を開いた。
「ねえ、あなたたち、これから王都に行くっていうのに、準備とかしなくていいの?」
「準備?」
「なにとぼけたことを言っているのよ? ここから王都まで、どれくらい離れているか知らないけど、一日二日で辿り着けないことはわかるわよ」
「あー、そういうことね」
ソウヤは合点がいった。ソフィアの反応は、極めて普通の感覚だ。世間様に疎いお姫様の感覚じゃなくてよかった。
「今からだと多分、一日と少しで王都に着くから心配はいらないぞ」
「え……一日と少しって、王都ってそんなに近いの?」
意外だったらしく、ソフィアは目を丸くした。
――前言撤回。この反応は、世間知らずか、このあたりの人間じゃないな。マジで海外から港町に来た口かもしれん。
町を出る前に、露店でタコ焼きのような形をしたパンケーキがあったので複数購入。空腹だというソフィアに与えておく。ソースの代わりにバターを塗ったらしいそれは、ちょっとしたおやつで、彼女も気に入った様子だった。
バロールの町を出たところで、ソウヤはアイテムボックスから浮遊バイク『コメット号』を出した。
突然現れた機械の塊は、当然ながらソフィアをビックリさせた。ミストとセイジは、さっさと荷台に乗る。日常になっている人間と初見の人間の差である。
「さあ、乗った乗った。王都までこれで行くぞ」
「……」
「どうした?」
ポカンとしているソフィアだが、ソウヤに問われて我に返った。
「な、何でもないわよ」
浮遊バイクに連結した荷台に、彼女が上がるのを確認して、ソウヤはコメット号の運転を始める。
今日もよく晴れていて、バイクを運転するには打ってつけだ。街道をその快速を以て進むコメット号。これにはソフィアも驚いて。
「なにこれ、凄く速いっ!」
「ふふん、そうでしょう」
何故か、ミストが胸を張る。初見さんを相手に自慢げなところが、実に彼女らしい。なおミストが自慢げなのは、自分ではなく、自分が信頼するソウヤが褒められるのが嬉しいから、らしい。
「これ魔道具なの? こんな乗り物は初めて見るわ」
「古代文明時代の代物らしいわね。機械というらしいけど、ソウヤに言わせると、魔道具とは少し違うみたいよ」
などと、後ろで女性陣が話し込んでいる。町を出るまでは相性が悪くて、道中険悪になるのでは、と心配だったソウヤだったが、そんなこともなく安堵する。
――さて、王都までとなると、結構遠いんだよなぁ。
浮遊バイクのスピードをもってすれば、一日と少しで王都に到着できるのは間違いない。出発が昼前だったので、道中の町などに寄って泊まるか、どこかで野宿を挟むことになる予定だ。
ソウヤたちだけなら、アイテムボックスハウスがあるので、町に寄らなくても済む。だが、今回はソフィアというお客さんを乗せている。年頃の娘だから、宿で一泊のほうが野宿よりいいとは思う。
が、その場合、お金を持っていないという彼女の宿泊費をこちらが出さないといけなくなる。王都に到着したら、これも請求できるのか? 報酬面で、もしかしたら――という想定があると、どうもお金をケチりたくなる心理。
・ ・ ・
道中、休憩を挟みながら、銀の翼商会は西進する。
最近、ソウヤから浮遊バイクの運転を習っているセイジに時々、交代させつつの移動だ。
この少年も、ここ三カ月で大きく成長した。
エイブルの町のダンジョン・スタンピードで、己の無力感を痛感した彼は、戦闘技術を磨き、また自らができることを勉強で増やしていった。バイクの運転もそのひとつだ。
ソウヤが疲労や寝ている間も、彼が代わりに運転することで移動の時間や距離を稼ぐことができる。
荷台でソウヤが休んでいると、ミストが「膝枕してあげようか?」などと言って誘ってきた。やることがなくて暇でしょうがないのだろう。
対してソフィアは、最初こそ会話に加わっていたが、今では黙り込んでいる。景色を見たり、考え込んだりして時間をつぶしている。
「ソウヤさん!」
バイクを進ませるセイジが叫んだ。横になっていたソウヤは半身を起こす。街道の左右は森になっていて、木々が視界から流れていく。
「前方に! 横転した馬車! それと複数の人が見えます!」
「事故か?」
目を凝らすソウヤ。すでに荷台から身を乗り出すように前方を凝視するミストが口を開く。
「どうやら穏やかな状況じゃないわね。武装した人間が複数! 盗賊かしらね」
「待ち伏せか」
左右が森だから、そこで潜んで襲ってきたというところか。横転した馬車は、予め仕掛けられたものでなければ、不幸な犠牲者がいる場面に、ソウヤたちが出くわしてしまったのかもしれない。
「どうします!? 引き返しますかっ!?」
「冗談! 街道を荒らす連中は駆逐する!」
放っておけば犠牲者が増える。行商や旅人が襲われる要素は、払ってあげるが世の情け。
「セイジ、腹を括りなさい!」
「了解っ!」
戦闘狂なミストはともかく、セイジもまた気合いを入れる。ソウヤもまた斬鉄を取り、いつでも荷台から飛び降りて戦う態勢をとる。
しかし、ここにひとり慌てている人物が。
「ちょ、盗賊ですって!? 戦闘!?」
「すまんな、ソフィア。さすがにここからターンはできないんだわ」
左右に森があっては、荷台付きバイクで回避とはいかない。
「戦えとは言わんが、お前も魔術師なら、せめて自分の身は守れよ」
「そんな、わたし、魔法は――」
言いかけ、口を噤む。
――魔法は、何? もしかして使えないとか、そういう人? 魔術師の格好しているのに?
「なら、荷台で大人しく隠れてな! ――セイジ!」
ソウヤは呼びかける。
「ギリギリまでいかなくていい! 手前で止まれ!」
「了解です!」
セイジはバイクの速度を緩めた。いつもなら、かなり接近して、一気に敵陣へ躍りかかる勢いで行く。しかしソフィアを抱えている現状、無茶はしない。
コメット号は停車する。ソウヤとミストが飛び降りると、馬車の周りにいた複数人が、武器を手に突撃してきた。
目撃者の排除か、はたまた新たな獲物とでも思われたのか。問答無用で襲い掛かってくる者たちが正義の味方のはずもない。――返り討ちにしてやるぜ!
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