第80話、怪しい少女?


 ソフィアという美少女魔術師を王都ポレリアへ連れて行くことになった。


 バロールの町の冒険者ギルドの外で待っていたミストとセイジに、ソフィアを会わせて自己紹介。


「ふうん。あなた、魔術師?」


 ミストが何やら意味深な質問をした。見た目、明らかに魔術師な格好であるソフィアであるが、何故か一瞬言葉に詰まったようだった。


「え、ええ、魔術師よ。見てわからない?」


 元来、強気な性格なのか、挑むようなソフィア。ミストはそんな彼女に触れるくらい顔を近づけると、何故かニヤニヤする。


「ふうん。まあ、言うのは自由よね。あなたがどの程度の魔法を使うか見てみたいものだわ」

「見世物じゃないのよ。わたしの魔法は!」


 ――ひょっとして、この娘、魔術師じゃないのかな……?


 ミストの思わせぶりな言動。本当かどうかは知らないが、ドラゴンの目は全てを見通すと言われている。


 そんな彼女が、いきなり初対面の人間をからかうとは思えず、ソウヤは今のやりとりを心に留めておく。……道中、何かあっても、ソフィアに魔法関連の話は振らないほうがよさそうだ。


「まあいいわ。短い付き合いでしょうけど、仲良くしましょ」


 ミストが、ヒラヒラと手を振る。ふん、とそっぽを向いたソフィアは、そこで引きつった笑みを浮かべているセイジを目に止めた。


「あなたも冒険者……って言うには、少し貧相ね。お手伝い?」

「……」

「セイジは冒険者だぞ」


 ソウヤは、絶句するセイジの肩に手を回した。


「オレの隣だと細く見えるが、これがなかなかの腕利きだ。しかも商会一、頭のいい奴だ」

「そんな……」


 褒められたせいか、セイジが赤面して視線を彷徨わせた。疑わしげな目を向けるソフィア。ミストが口を挟んだ。


「あら、商会一、頭がいいのはワタシよ」

「何でそこで張り合おうとするんだ」


 ソウヤは首を横に振る。二人が商会一、二の頭脳なら、必然的にリーダーであるソウヤが、一番お馬鹿ということになってしまうではないか。


「お前はもう少し人間社会ってのを勉強しろよ」

「あらやだ。人間がこの世で一番偉いとでもいうのかしら。嫌だ嫌だ」


 あからさまに肩をすくめてみせるミスト。いかにも小馬鹿にするような顔だが、そういう他種族を下に見るのは、ドラゴンの悪い癖である。


 つまり、どっちもどっちだ。


 ともあれ、立ち話もそこそこに、さっそく町を出ることにする。賑わう通りを抜けながら、ソウヤは同行者に聞く。


「金の持ち合わせがないってのは聞いてるけど、他に持ち物は?」

「なに、わたしの持ち物を聞いて。……まさか、町を出たら身ぐるみ剥がそうって魂胆じゃ……」


 自身の豊かな胸を庇うような仕草をとるソフィア。警戒されてしまった。


「今のは、ソウヤが言葉足らずだわ」


 ミストが目を細める。


「ただでさえ、あなた厳ついんだから、言葉には気をつけなさい」

「……オレはただ、メシとか自分の分を持っているとか聞きたかっただけなんだが」


 旅をしている人間だから、携帯食や水を用意するのが普通。だが、ソフィアはお金があまりないようだから、どうなのか心配しただけである。


「食事……」


 う、とソフィアが呻いた。お腹まわりを気にしているのは空腹か。まさかダイエットではあるまい、とは思うソウヤである。


「……何か奢りなさいよ。お代は、王都に着いたらその時、返すから」


 顔を赤らめるながらソフィアは言った。どこか命令口調なのは、恥ずかしさを誤魔化すためだろうか。


「なんだそりゃ」


 ソウヤは目を回し、ミストが愉快そうに笑った。


「これもひとつのツンデレとかいうやつかしら?」

「何でもツンデレっていうものじゃありません」


 ソウヤはしかし、怒ったりはしなかった。


「オーケー、メシはこっちで用意してやるよ。……それで他に必要なものは?」

「お金……いえ、ないわ」


 反射的に金と言いかけ、うやむやにしたのは、いま所持金がないからだろうか。ソフィアが言うように王都で払うというのが本当なら、確かに今必要なものに金はいらないだろう。


 身なりはよい。王都に実家とかあれば、報酬くらいは出せるだろう。だがそうなると、彼女が、王国東部の端であるバロールの町に一人でいる理由がわからない。


 この近辺の出身で、上京すると言うなら、金を工面しておくものだ。それがないというのは旅の途中でトラブったから? しかし旅をしているというには、衣服が汚れてなさ過ぎる。


 つまり、いろいろ不審な点があるということだ。


 ――ひょっとして、家出?


 近くに家があって、飛び出してきたから金も食料もない、と。王都で報酬を出すというのも怪しくなってきた。家出だが、身を寄せる場所が王都にあるというのなら、報酬の可能性も残ってはいるが。


「……」


 改めてソウヤはソフィアを見やる。彼女は、周囲のものが珍しいのか、キョロキョロしている。


 ――地元感がねえなぁ。家出娘じゃないのか……?


 ますますわからない。もしかして、ここは港があるから海外から来たとか? だが外国語を話しているわけでもない。


 直接聞いてみるか。


「なあ、ソフィア。お前は何故、王都に行くんだ?」

「……」


 そんな親の仇を見るような目を向けないでくれ――彼女の睨むような視線に、ソウヤは肩をすくめる。


「聞いちゃいけなかったか?」

「なんで、わたしが教えないといけないのよ?」

「駄目なの、聞いたら? 普通、聞くもんだろ……なあ?」


 ソウヤは周囲に同意を求める。セイジは、どうなんでしょう、と言いたげなあいまいな表情。一方、ミストは鼻で笑う。


「どうせ、大した理由なんてないわよ。ワタシは別に知りたくない」

「大した理由じゃないですって!?」


 意外と沸点が低いのか、ソフィアがいきり立った。――ねえ、ミストさん、そうやって煽るのやめたげてー。


「あら、大した理由があるのかしら? でも言いたくないんでしょ? しょせんその程度の理由ってことじゃない」


 ドラゴンさんは余裕である。ああも言われたソフィアだが、理由は言えないのか、不機嫌そうにそっぽを向いたまま、何やらブツブツ言っている。


 ソウヤには聞き取れなかったが、ミストはしっかり聞こえたようで。


「ええ、あなたの気持ちなんてわかるわけないじゃない。だって言わないんだもの。さっき会ったばかりの人間のことがわかるほうがどうかしているわ」

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