第72話、お土産と懐かしの醤油


 フランコ・アイアン商会を出たソウヤとミストは、タルボットの醤油蔵への帰途についた。


 タルボットの借金は消えた。ふっかけられた損害金は、こっちも賠償金を請求することでチャラ。フランコ・アイアン商会も貸した金の分は、最低限回収できた。


 誰も大きく得をしていないが、大きな損もしていない。いや、これは解釈の問題か。

 醤油を手に入れることができるなら、ソウヤにとっては金銭に変えられない大きな品を得られたわけだから。


「……あのまま決裂していたら、叩き潰してやれたものを」


 ミストはご機嫌斜めだった。ソウヤは肩をすくめる。


「これ以上、騒動にならなくてよかったよ」

「……失われたショーユは戻ってこないわ」


 ジト目のミスト。それはそれで可愛い。食べ物を粗末にしない精神は見事である。


「何で襲ってこなかったのかしら?」

「それ本気で言ってる?」


 あれだけ怒りのオーラ全開のミストを見れば、普通は喧嘩をふっかけようなんて思わないだろう。やるとしたら余程の愚か者だ。


「素人でもわかるさ。お前に手を出したらヤバイってさ」

「そうかしら」

「自覚は持とうよ」

「あなたのほうが、ワタシよりも遥かにおっかないと思うのだけれど?」


 ミストは悪戯っ子ように笑った。


「ワタシがいなくても、あなたならあんな建物、あっという間に倒壊させちゃうでしょ?」

「おいおい、オレはこれでもか弱い人間なんだぜ?」


 ――それになんだ、倒壊って。重機じゃあるまいし。


「魔王をぶっ潰した奴が、か弱い人間のわけないでしょ」


 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。わざとらしく視線を逸らすソウヤ。ミストは真面目な顔になる。


「フランコ・アイアン商会は、ちょっかい出してこないかしら?」

「借金はない。借用書も回収した。ここから先、タルボットに手は出せないだろ。出したら100パー、向こうが悪いぜ?」

「タルボットじゃなくて、銀の翼商会に」


 ミストが眉をひそめてみせる。ソウヤは目を丸くする。


「何で? 騒がした迷惑料代わりに贈り物をしたのに」

「それがワタシは気に入らないの」


 ミストは腰に手を当てて、ソウヤを横目で見た。


「なんで帰り際に、ポーションとアイテムボックスを渡したのよ?」


 そうなのだ。マイオ・フランコとの交渉終了後、帰る前に、ソウヤはフランコに幾つかお土産を渡した。


 醤油蔵を襲った彼の部下らの治療費代わりに、ミストさんポーションを渡し、さらにソウヤのアイテムボックスから、金庫代わりに使える収納機能のみのアイテムボックスをひとつプレゼントした。


「逆恨み対策ってやつだ」


 ソウヤは答えた。


「今回は、タルボットの借金を返済するだけだったとはいえ、かなり恫喝に近かったからなぁ。ああいうところに恨みを買うと、あとあと面倒になるかもしれない」

「襲ってきたら返り討ちにするだけよ」

「……それが怖いんだ。仕掛けてきたら、相手は死ぬ」


 正直、ミストでなくても、攻撃されれば容赦しないソウヤである。


「ただ銀の翼商会と関わったら商会が潰れるとか、変な噂が立つと、商売に障害が出てくるかもしれないだろ? 特に悪い噂ってのは、予想外に早く広まるから」


 なお、土産を渡すついでに、銀の翼商会が行商をしていて、色々な品を取り扱ったり、運び屋をやったり、冒険者をしていたりと、仕事を受け付けているアピールも忘れなかった。


 それが、ミストには気に入らなかったのだろう。醤油に期待していたミストにとっては、その調味料の仇にも等しい。


「……でもアイテムボックスを渡す?」

「あれは、ただの収納用だ。時間制止もないし、携帯しやすいってだけで、容量もそんなにない。オレが作れるボックスじゃ、簡単なやつだ。……ただ、それでも普段使いには十分だし、売れば彼らが取り損ねた分くらいの金にはなるだろう」


 ソウヤにとっては、痛くもかゆくもない物で、しかし有益な品といえば、簡易アイテムボックスである。


「相手にも少しは得してもらわないとな。損ばかりだと、恨まれてしまうからな」


 商売は、自分ばかり利益を上げても駄目。相手にもきちんとメリットがないといけない。


 とはいえ、醤油販売が軌道に乗れば、銀の翼商会の今回の出費の元は取れて、むしろ大金に化ける。肝心なのは、これ以上邪魔が入らないことであり、そのための投資だと思えばいい。


「ま、フランコ・アイアン商会がうちに手を出すことはないだろう」


 商会でも武力行使なんて場面もなかった。


「わからないわよ。油断させて闇討ちしてくるかもよ?」

「その時は、むしろお前にとっては万々歳じゃないのか? 連中を堂々とぶっ飛ばせるんだから」

「……そうね。それもそうだわ」


 うん、とミストは頷いた。



  ・  ・  ・



 醤油蔵兼、タルボットの事務所に到着したソウヤたちは、そこでタルボットとセイジと合流した。

 すっかり日が暮れて、夜となってしまったが、タルボットは晩ご飯を用意して待っていた。


「地元で獲れた魚を焼いて、ショーユをつけたものですが、ミストさんがとても楽しみにしていたとセイジ君から聞いたので……」


 と、焼き魚が用意されていて、ミストは目を輝かせた。


「まあ、なんて気が利いているんでしょ! でかしたわ、セイジ!」

「いえいえ……」


 タルボットと蔵の片付けと、焼き魚作りを手伝ったらしいセイジが微笑した。


 焼き魚に醤油……。とくれば、白米と味噌汁!


 ソウヤはアイテムボックスから、炊きたてを保存していたご飯、そして味噌もどきスープを出して、焼き魚に彩りを添えた。

 というより、自分が食べたかったのだ。


 配膳するソウヤに、タルボットが聞いてきた。


「ソウヤさん、フランコ・アイアン商会との交渉は……?」

「ああ、問題ない。借用書も回収したし、お前の借金は返した」

「……ありがとうございます!」


 心底ホッとしたように、タルボットは息をついた。ソウヤは料理を机に置いていく。


「詳しい話は、食ってからにしよう。……なあ、ミスト?」

「早く早く! もうお腹ペコペコなのよ!」

「ほい、じゃ皆、座って――はい、いただきます!」

「いただきます!」


 仕事の後のご飯は旨い。白米に味噌汁は日本の心。そして、約十二年ぶりとなる醤油の味が染みた焼き魚を口の中に放り込む。


 ――感無量!

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