第71話、目には目を歯には歯を


 銀の翼商会は、タルボットの借金返済を代行しつつ、金貸し業者フランコ・アイアン商会に、損害金を請求した。


「いわゆる、損害賠償だな」


 なお、日本における損害賠償は、違法な行為により損害を受けた者に対して、その原因を作った者が損害を埋め合わせすること、となっている。ちなみに、この損害というのは、将来受けるはずの利益を失った場合も含まれる。


 もっとも、ここは異世界で日本の法律がまかり通らないのではあるが。


「おたくの部下が壊してくれちゃった醤油蔵の醤油な。あれ、うちが買い取ることが十年前から決まっていたのよ」


 作りましょう、というタルボットに、出来たら買うわと答えた勇者時代のソウヤ。つまり嘘は言っていない。口約束でも約束は約束だ。


 ソウヤは、マイオ・フランコを睨みつけた。


「あんたは、醤油って調味料を知らない? 最近やっと、ここらの漁師に知られるようになったんだけどね。あれを調味料にって作らせたのはうちなのよ。で、それはこの国の食文化に多大な影響を与える。王族貴族も欲しがる一品として、こっちは準備してきた……」


 なのにさぁ――ソウヤは一歩分、顔をフランコに近づけた。


「すでに卸先も決まっていた品を、台無しにしてくれたんだよ! あんたの部下が!」


 ドンっと、またもミストが床を踏んだ。ビクリとするマイオ・フランコ。……次あたりで、床を踏み抜きそう。


「オレら見てるからね! フランコ・アイアン商会の下っ端が、人様の商品を駄目にしちゃったの! どう落とし前つけてくれるんだい、フランコさんよォ?」


 自分でも少々オーバーな態度だと、ソウヤは思った。これではどっちが悪者かわからない。


「タルボットには、また醤油を作ってもらわにゃいかんわけだ。だが、すでに流れた分は取り戻せない。こっちは大損だ。……払ってもらうぞ、損害分はな!」


 ごくり、とマイオ・フランコの喉がなった。どうにか威厳を取り繕い、彼は言った。


「……いくらだ」

「金貨50枚」

「金貨50枚だとぉ……!」


 思わずソファーから腰をあげるマイオ・フランコ。


「そんな高いものだと言うのか!? 嘘を言うな!」

「希少な調味料だ。高いのは当たり前だろう」


 しれっとソウヤは言った。召喚される前にいた世界では、大昔、コショウが同じ重さの金と同じ価値で取り引きされたという話がある。


 なお、この世界、いやこの王国では、金と同価値ではないものの、やはりそれなりの高値ではあったりする。


「今のところ、醤油を生産できるのは、タルボットの蔵のみ。つまり世界で唯一なんだ。その世界にひとつしかない蔵で作られた調味料だぞ。安いわけがないだろう?」


 絶句するマイオ・フランコに、ソウヤは畳みかけた。


「ただでさえ大量生産できるようになっていない上に、一定量を揃えるのに、軽く半年や一年かかる代物だ。それを一瞬でぶち壊しやがって……生産者でなくてもブチ切れるわ!」


 ソウヤ、お怒り中。


 マイオ・フランコは苦虫を噛んだような顔をしている。額にはたっぷりと脂汗。


「し、しかし、それはおたくの商品を預かるタルボットの蔵の保管方法にも問題があるのでは――」

「あるわけないだろ!」


 ソウヤは怒鳴った。


「あんた、悪いのは泥棒ではなく、盗られるほうが悪いとでもいうつもりか? んなもん、盗んだほうが圧倒的に悪いに決まってるだろうが! 自分のやったことの責を他人に押しつけてるんじゃねえよ!」


 ――いかんいかん、つい声を荒げてしまった……。


 ソウヤは舌打ちしたいのをこらえ、自身をクールダウンさせるために、深呼吸した。


「損害金を払わないって言うんなら、仕方ない。この町の偉いさんに仲裁してもらおうか。ま、そっちの部下が人様の財産をぶち壊した段階で犯罪は確定。商会の評判も悪くなるだろうな。……あ、そうだ」


 さも、今思いついた風をよそおうソウヤ。


「聖教会にお話、持っていこうか」


 教会、と聞いて、マイオ・フランコの顔色が悪くなるのを、ソウヤは見逃さなかった。


 この王国を含め、周辺国の宗教といえば、聖教会が強い。天に御座す主神が、天と地を作り、自分に似せて人を作ったうんぬん、とかいう、どこかで聞いたような教えの宗教である。


「聖教会じゃ、金貸しってあんまりよく思われてないんだってな。……犯罪で告発されたら、嬉々として潰しにかかるんじゃなかろうか」

「俺を脅すか、てめぇは……!」

「脅す? そう聞こえたか? それは失礼。ただ、オレは事実を言っただけだぜ」


 正直言うと、教会に出張ってもらうのは、フランコ・アイアン商会を潰すのなら悪い手ではない。


 が、ソウヤはできれば宗教関係者と付き合いたくなかったりする。これも勇者時代に、そちらの人間と多く知り合ったし、世話になったからだ。……一応、十年前に死んだことになっている人間なので、極力避けたいのだ。


 そろそろ折れてくれないものか。ソウヤは、呆れも混じった目をフランコに向ける。

 でないと、強硬手段も辞さない、なんてことになるのだ。


 目には目を歯には歯を、という言葉がある。


 やられたらやり返せ、という意味であるが、もし、フランコ・アイアン商会が、ソウヤからの返済金を受け取らず、そして醤油喪失分の損害の支払いを拒んだ場合、本当にフランコ・アイアン商会を物理的に潰さなくていけなくなるかもしれない。


 損害分を支払わないなら、物理的に損害分と同等の被害を相手に与えることで許してやる。

 まさに目には目を、であるが、明らかに犯罪行為ではある。


 向こうが先に手を出している以上、情状酌量の余地は見てもらえるのは、ソウヤの勇者時代からのこの世界の見方ではある。だが、銀の翼商会としては悪名が轟いてしまうだろうことは間違いない。


 ソウヤとしても、一商会を破壊するようなことはしたくない。暴れるにしても、損害分だけの破壊に留めたいが、先ほどからプッツンしたくてたまらないミストが、抑えられるわけがない。


 ただでさえ失われた醤油の件で、ドラゴンの逆鱗に触れているのだから。


 ――あと問題なのは……。


 追い詰められたマイオ・フランコが逆恨みして、この交渉の場を物理で解決しようとしないことか。


 この場でソウヤたちを始末してまえば、損害金も払わず、目の前の金貨も手に入れることができる。ついでにタルボットに返済はなかったとして借金の取り立てもできる……と、悪党なら考えそうではある。


 ――そうなったら、ミストが嬉々としてここをぶっ潰して、皆殺しにするんだろうな。


 怒れるドラゴンに慈悲などない。


「わかった……」


 マイオ・フランコはポツリと呟いた。


「金貨150枚、マーク・タルボットに貸した金を受け取る。そして、そちらの買い付けた品を駄目にした損害金、金貨50枚を支払おう。それで、この件は手打ちだ」


 引きつった口元。苦り切った表情のマイオ・フランコに、ソウヤはニヤリと唇の端を歪めた。


「結構。理解が早くて助かる」


 皮肉は忘れない。

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