第67話、醤油とタルボット
バロールの町は海に面しているが、北側へと向かえば、船の種類は大中の貿易船から、小ぶりな漁船へと変わっていく。
潮の香りだ。ソウヤは岸壁に沿って歩く。係留された漁船が無数にあって、午前の漁から戻ってきた漁師たちが、明日の漁の準備をしている。船の清掃など、とかく手入れは欠かせない。
ミストは、それとなく視線を彷徨わせて、様子を見る。
「ほんと、男ばかりね、ここ」
海と漁で鍛えられた屈強な男たち。
「船で仕事するってのは、とかく体力勝負だからな。細く見える奴も、脱げば相当引き締まってるぜ」
「見るからに丸太みたいな腕しているのもいるわ」
何やら獲物を見つけた蛇のような目をするミスト。セイジが苦笑した。
「強そうですよね……。腕相撲なんかしたら、腕を折られちゃいそう」
「煽って賭けをしたら、儲けられるかしら?」
「やめとけよ、ミスト。漁師さんたちの腕をへし折るつもりか」
ソウヤは首を振った。
野郎ばかりの場所を、ミストという竜、もとい美少女を連れて歩けば、注目もされる。
が、彼女に見とれた者は、直後に職人気質のベテラン漁師に、手が止まっているとどやされた。
と、岸壁で料理をしている三人の男を発見。自分の船の近くで休憩兼昼食のようだ。漁でとれた魚を焼いたようだが――おや、この匂いは……。
「漁師の食事って普通に魚なのね」
ミストが不思議そうな顔をする。
「売り物として出すには、落ちるやつだろうよ」
漁で取れる魚の状態は千差万別。極力値が付きそうなものならいいが、大きさや形などでそれに見合わないものも当然でてくるものだ。
「そんなことよりもだ……」
ソウヤは漁師たちに近づく。彼らも気づいた。
「何か用かい、ニイさん」
上半身マッシブな漁師が声をかけた。ソウヤは彼らの持っている串に刺さった魚を指さした。
「つかぬ事を聞くが、その魚、
「おう、よくわかったな」
男たちの脇に、壺があって、そこから特有の匂いがしている。
「地元でも最近流行り出したばかりなのに、ショーユを知ってるなんて、ニイさん、タダモンじゃあないね」
「これでも商人でね」
にっこりとソウヤがスマイルを浮かべると、漁師たちは顔を見合わせて笑った。
「てっきり、戦士か冒険者だと思ったのに、商人か!」
「さすが、商人。もうショーユを聞きつけたか」
男たちをよそに、ミストがくんくんと鼻をならした。
「……独特の匂いね。ステーキタレとは違うけれど、近いような」
彼女の視線が、醤油付けの魚と、壺を行き交う。
「でもステーキにも合うかもしれないわね」
――それはどうかな。
ソウヤは首を捻る。ミストが自然に醤油壺に近づくので、座っていた男たちが少々動揺する。
「おいおい、お嬢ちゃん?」
「近い、近い!」
場違い過ぎる美少女に免疫がないのだろうか。それかミストみたいなタイプが知り合いにいないのかもしれない。
それはともかく――
「もうひとつ質問なんだけど、この醤油ってタルボット君が作ったやつかな?」
「タルボット! ああ、ニイさん、あいつの知り合い?」
そこからは話が早かった。
十年前、ソウヤが醤油作りを託したタルボット少年は、蔵を建ててそこに住んでいるという。醤油を作っていて、つい最近それを地元の漁師に配っていた。
「そうか、完成させたんだなぁ」
物思いにふけるソウヤ。だが漁師は顔をしかめた。
「だけど、あいつ借金あって、色々ヤバイらしい。もしショーユを買いたいってんなら、早いほうがいいかもしれんぞ」
「お、おう、そうなのか。そりゃ急がなきゃ。ありがとよ」
親切な漁師さんたちに礼をいい、ソウヤは足早に離れる。セイジとミストもついてきた。
「ソウヤさん、タルボットさん? という方が、ショーユ製造を頼んだ――」
「おう。オレより二つ年下で……ああ、もう二十八かよ。そりゃ歳もとるわな」
――十年も経てば、そりゃあ色々あるよなぁ……。借金だって? 醤油作りに没頭し過ぎたのか?
「醤油を完成させたのは収穫だ。だが、借金とはなぁ」
根は真面目な男だったから、どうにも金で失敗するようなイメージがない。これはすぐに会って、必要なら問題解決に協力も辞さない。
せっかく手に入るところにきた醤油だ。これを逃すわけにはいかないのだ。
・ ・ ・
タルボットの実家は、バロールの町に拠点を置く貿易商である。
十年前、勇者時代のソウヤが調味料開拓のために、彼の家の店を訪れたのが、出会いのきっかけだ。
現在、ミストが好物としているステーキにかける秘蔵のタレの開発もその時のもので、当時のタルボット少年は、その味にいたく感動した。
ソウヤは調味料の話をいくつかしたのだが、タルボットは、その中で『醤油』をぜひ作ってみたいと言い出し、醤油作りがスタートした。
魔王討伐の旅の途中だったソウヤは、いつかの再会を約束し旅に戻ったが……。戻ってくるまでに十年も経ってしまった。
漁師の話で、きちんと醤油作りを続け、完成させたと聞いて、嬉しく思ったソウヤだったが……。
現地についたら、とんでもないことになっていた。蔵が襲撃されていたのだ。
「……で、オマエは、何てことをしてくれたんだ? あぁ?」
いかにも強面の男を血まみれ半殺しにして激怒しているのは、我らがミストさん。
床にぶちまけられたのは赤黒い血……ではなく、醤油。
美少女なのに、ドラゴンが飛び出してきそうな怒気を漲らせた彼女は、その細腕で男を締め上げる。
「何とか言ったらどうだ、ニンゲン?」
「……」
男から返事はない。――というか意識あるのかな、あれ。
訝るソウヤ。セイジなどは、ミストのあまりの剣幕に脇で震えている。ドラゴンの怒気を当てられて、正気を保つほうが難しいというものだ。
……食べ物を粗末にする奴に慈悲などない。
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