第68話、タルボットの事情


 いかにも金持ち商会といった雰囲気の応接室に、ソウヤとミストはいた。


 金ピカ意匠の入った家具や調度品。ふかふかカーペット。ソファーの座り心地も悪くない。


 ――どこの宮殿だよ、これは。


 ソウヤの感想をよそに、向かいのソファーに座るは、盗賊かマフィアかといった風貌の中年男。冒険者にも凶相な者はいるが、貫禄が半端ない。まるで闘犬のようだ。


 金貸し業もしているフランコ・アイアン商会のボス、マイオ・フランコ氏である。彼は眼光鋭く、ソウヤを睨む。


「で、うちの若いモンやったのは、おたくか?」

「やったのはこっち」


 と、ソウヤはミストを指し示した。


「仕方ないでしょ。取引先で暴れてる奴がいたら、普通、取り押さえ案件でしょうよ」


 ソウヤもまた、フランコを睨む。


「あんただって、自分の店先で暴れてる奴がいたら、部下に命令するだろ?」

「……確かにな」


 ちら、とミストを一瞥したフランコだが、すぐに視線をソウヤに戻した。


 ソウヤは涼しい顔をしているものの、ソファーに座りもせず立っているミストが、静かに怒りをまとっているのだ。もう番犬も同然、今にも飛びかからんとブチ切れ中。――正面から見たくないなぁ、これは。


「暴力はいけないと思うんだよ、フランコさん」


 ミストがフランコ・アイアン商会の人間をボコしたのを棚に上げるソウヤ。


「いくら、借金がある相手だからといってもね」

「……」


 ピクリとフランコの頬が引き攣った。


「きちんと借金を返せば、何も問題はなかったと思うがね」

「確かに。踏み倒されては商売あがったりだ」

「そういうことだ」

「だからと言って、何をしてもいいという理由にはならない」


 尻に火をつけないと働かない人種もいるが、恐喝や暴力というのは、あまりよろしくないと思うのだ。



  ・  ・  ・



 ソウヤたちが、フランコ・アイアン商会のオフィスに乗り込むことになった経緯を語るために、時間は少し遡る。


 タルボットの醸造蔵に向かったソウヤたちは、そこで強面の男たちがハンマーなどの鈍器をぶん回し、蔵の備品や醤油桶を破壊している現場に出くわした。


 匂いですぐに醤油だとわかったソウヤは慌てた。


「わ、なんてことしやがる! せっかくの醤油がー!」


 完成品とおぼしき醤油の入った壺が壊され、男たちが声を荒げて凶器を振り回す。これはどう見ても、こいつらが悪い。


「おい、お前ら!」


 ソウヤの怒声で、男たちの手が一瞬止まる。ビクッとしたのはわずかの間、すぐに強面を歪める。


「あぁ? 何だてめぇら――」


 ガン飛ばしてきた男だったが、すぐにその顔が物理的に歪んだ。ミストが有無を言わさず鉄拳を見舞ったのだ。


 殴られた男は吹っ飛び、動かなくなった。


 ――おいおい、殺してはないよな……。


 思いがけないことに引いてしまうソウヤ。ミストはその間に、男の仲間たちを次々に叩きのめしていく。


「何か言ったか? オマエら?」


 美少女がしてはいけない顔になっていた。彼女は最後の一人に掴みかかると、はたくような軽さで叩いた。


 だが、殴られているほうは、どんどん顔が腫れ上がり、色んなところから血が出てきた。これでもドラゴンさんは加減をしているのだが……。


「……で、オマエは、何てことをしてくれたんだ? あぁ?」

「おーい、ミスト、殺すなよー」


 一応、念押ししつつ、ソウヤは蔵の奥へと進む。……前に、腰を抜かしている男を見つけた。


 十年ぶりだが、面影ある懐かしい顔だ。


「タルボット? マーク・タルボットか?」

「あ……え、と……」


 温厚そうな顔立ちは青ざめている。すらりと背は高いが、痩せた体。二十代半ばの青年は今だ震えていたが、まじまじとソウヤの顔を見つめ、それに気づいた。


「……もしかして、ソウヤさん?」

「うむ、久しぶりだな、タルボット」

「幽霊?」

「は? ああ、そうか、巷ではオレは死んだことになっていたな……」


 つい醤油蔵の惨事を前に失念していた。ここは久しぶり、ではなく、初めまして、というのが正解だった。今さら遅いが。


「ああ、約束通り、あの世から帰ってきたぞ」


 冗談めかしたら、タルボットは気を失った。――おいおい。



  ・  ・  ・

 


 タルボットが目覚める前に、蔵を襲撃していた連中を締め上げた。


 すでにミストに半殺しにされた男たちからの話によれば、彼らはフランコ・アイアン商会から、タルボットに貸した借金の取り立てにきたらしい。


 ――紛らわしいんだよ、馬鹿野郎が。


 物盗りかゴロツキにしか見えない所業だった。そんな現場を目撃したら、十人中十人が、悪党だと判断するだろう。


 もっとも、実際に凶器を振り回して破壊するような奴らが、まともな連中なわけがない。そもそも破壊行為をしなければ、半殺しの目には合わなかったのは間違いない。因果応報だ。


 そして、タルボットが意識を取り戻したところで、再会のあいさつもほどほどに事情聴取。


「お前、借金があるって?」

「ええ……まあ、はい」

「原因は醤油作り?」

「いえ……。その、あまり格好のいい話ではないのですが――」

「なんだ、博打にでも手を出したか?」


 なお、一から醤油を作り出そうした行為自体、すでに博打だと思うが、それは黙っておく。理由如何によっては、立て替えも辞さない。


「その、とある女性に……」

「貢いだのか?」


 ――だとしたら見損なったぞ。


 少々白けるソウヤ。タルボットは首を横に振った。


「いえ、その女性の親が難病で……。たまたま町を訪れていた有名な医者に治療をお願いしたのですが、その費用がとても高くて……借金を」


 ――人助けかよ!

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