第62話、元勇者は、相変わらず……


 何故、君たちは、エイブルの町のためにダンジョンスタンピードに立ち向かったのか?


 人に聞かれた時、ソウヤは答えた。


『町とそこに住む人の危機だった。見過ごせるわけがないだろう?』


 元勇者だから、ではなく、人としてそう考える。


 エイブルの町の冒険者たちもそうだったはずだ。自分たちの町のため、自分たちの生活を守るために、災厄に立ち向かったのではないのか?


 そう、何も特別なことはではない。


 助けるべき人たちが、そこにいたから、戦った。ソウヤにとっては、ただそれだけなのだ。


「――そんなわけで、お疲れさまでした」


 アイテムボックス内ハウスで、ソウヤは、ミストとセイジとささやかな慰労会を開いた。


 ダンジョンスタンピードをくぐり抜け、全員が無事今日を過ごし明日を迎えることができる。これほど嬉しいこともない。


 ダイニングテーブルには、ヒュドラ肉のステーキや、色取り取りの果物が並んでいる。なお、ステーキはミスト用で、ソウヤの本音を言えば、もうお肉は結構です状態。


 何せ、冒険者ギルドの酒場でドレイクら知り合い冒険者たちに奢られ、飲み騒ぎ、その後二次会として丸焼き亭で、ヒュドラ肉をたらふく食べたからだ。


「……少しは落ち着いたか、セイジ君?」

「お見苦しいところを見せてしまいました」


 果汁たっぷりジュースをちびちびとやりながら、セイジは苦笑した。


 一次会となったギルドの酒場では、周囲の酒に当てられたか、かなり感情的になったのだ。ソウヤとミストの活躍ぶり、一方で自分が何もできなかったことを悔やみ、かなりアップダウンが激しかった。


『僕なんか――』

『それ何度目よ。もう聞き飽きたわ。どうせ明日から落ち着くんだから、ワタシが鍛えてあげる。愚痴る暇があるなら、どう強くなるか考えておきなさいっての!』


 と、酒をガバガバ飲みながらミストは強引に話を進めたのが、ソウヤの印象に残っている。前向きというか、押しの強いところが彼女にはあって、セイジとしても落ち込んでいる余裕などなくなってしまった。


『できないと嘆いたところで何も変わらない。だったら体を動かしなさい! ……ワタシ、いいこと言った? ね?』


 酒の勢いか、その時のミストはかなりテンションが高かった。


 ソウヤは改めて、セイジに頭を下げた。


「ろくな準備もできないまま、悔しい思いをさせてすまなかった」

「いや、ソウヤさんが謝ることじゃないですよ!」


 ブンブンと首を横に振るセイジ。特製タレをかけたヒュドラ肉ステーキを食べるミストが口を挟む。


「そうそう、あれはタイミングが悪かっただけ。ソウヤもセイジも悪くはないわ」

「でも次は――」


 セイジは決意のようなものをにじませる。


「僕も役に立てるように頑張ります!」

「もう役に立っているでしょ」


 ミストは言ったが、おそらくセイジは戦闘でも役に立ちたいと言ったと理解したソウヤだが、ひとまずそれは黙っておいた。


「おう、期待してるぞ。銀の翼商会のほうもよろしく頼むぞ!」

「はいっ!」


 元気のいいセイジの返事。そうとも――ソウヤはジュースを飲み干した。


「白銀の翼も銀の翼商会も、まだまだこれからだ」


 別に大きな店を建てようとか、王国一番になろうとかそういうことを考えているわけではない。


 ほどほどに儲けて、色々な場所へ赴く。冒険して、レアなアイテムを見つけて商売に活用する。


 そして、瀕死の人間を瞬時に治療するような超貴重な秘薬を手に入れる。発掘するにしろ、誰かから買うにしろ、それでアイテムボックスの中で眠っている人たちを助けるのだ。


「いや、ほどほどじゃ駄目だな……」


 思わず漏れた呟きに、セイジが首をかしげた。


「何です?」

「……いや。いっぱい稼いで、人を癒す秘薬を現金で買えるくらいになろうって思ったのさ」


 だがその前に、確認しておくことはある。


「これからも、もっと危険な場所に行くかもしれねえ。俺は必要なら、どこにでも行く。お前たちはどうだ? こんな行商と一緒に来るか?」

「愚問よ、ソウヤ」


 ミストはパクリと肉を頬張り、そして飲み込む。


「こっちのほうが楽しいわ」

「僕は、ソウヤさんの下でもっと学びたいです!」


 セイジは、淀みなく言った。冒険者ギルドで初めて彼と会った時、優柔不断そうで弱々しかった少年は、もういなかった。


 強さでは、あまり変わっていない。だが心の持ち方というか、希望に満ちた目をしているのを見ると、わずかな付き合いでも彼の成長が感じられた。


「その分、しっかり働きますので、これからもよろしくお願いします!」

「こちらこそ。オレもまだまだ力不足だが――」

「あなたが力不足? ヒュドラだって吹き飛ばす豪腕で力不足?」

「ミスト、意味が違うぞ」


 時々、勘違いじみた発言は、ドラゴンゆえか。苦笑しつつソウヤは、二人を見やり、肩をすくめた。


「どこまで話したっけ? まあいいや、とりあえず、これからもよろしく!」


 先のことはわからない。だがそれでも明日は来る。よりよい未来のために、やれることをひとつずつやっていく。


 ソウヤたちの行く先に何があるのか、それは誰にもわからない。だが明日のために、彼らは進み続けるのだ。


 腕力に自信のある元勇者と、その仲間たちの未来に幸あれ。



(第一部・完)

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