第61話、お金では買えないもの


 二日間も寝ていた。そうセイジから聞かされた時、さすがに寝過ぎたとソウヤは苦笑した。


 エイブルの町はお祭り騒ぎだったそうで、それもようやく終息に向かっているという。


「ドレイクさんや、調査隊の冒険者たちが、ソウヤさんたちが目覚めたら奢らせてくれって言っていました」


 調査隊の撤退を援護し、ダンジョンに踏み留まったソウヤとミスト。負傷者を抱えた冒険者たちが無事にダンジョンの外まで脱出できたのは、二人が時間を稼いだから。


 その点だけでも、調査隊のメンバーは、ソウヤたちに借りができたと考えているらしい。


「律儀なことだな。でもまあ、食事代が浮くって言うなら、悪い話でもないな」


 なお、ガルモーニから、冒険者ギルドへ来るようにという伝言もセイジは受けていた。事後処理と、今回の状況説明だろうと見当はつく。


 消費した品の補填も含めて、お話しましょ、ということで、銀の翼商会は冒険者ギルドに赴いた。


 ギルドのフロアは、いつもより閑散としていた。ギルド長に呼び出されたことを受付嬢に伝えつつ聞いてみれば、冒険者たちはダンジョンに出かけているという。


 スタンピード直後で、モンスターの数が減っているから、その間に普段より奥を探索しようという魂胆らしい。


 ――よかった。スタンピードで負傷者だらけで動けないんじゃなくて。


 元気があるならよし、である。


 受付嬢から、ギルド長の執務室に通されるソウヤたち。ガルモーニが歓迎し、ソファーを勧められると、さっそくギルド長が礼を言った。


「このエイブルの町が救われたのは、銀の翼商会の活躍あればこそだ。ありがとう、お前たちのおかげだ」

「オレたちは出来ることをしただけですよ」


 一般人を含めて、危機が迫っているのなら助けるのは勇者として当然のこと。少しでも被害が出ないように頑張った結果がそうなっただけで、別段ソウヤたちが特別なわけではない。


「町の冒険者たちが戦った結果ってやつで、スタンピードからこの町を救ったのは、対応した全員ですよ」

「……確かに皆の奮戦はあった。だがお前たちが防ぎ止めた敵の数からすれば、それは実に謙虚な物言いだと思うぞ」


 ガルモーニは用意していたらしい紙の一枚に目を落とした。


「あれからダンジョンの様子を探らせた。スタンピードが沈静化したのか、確認するためにな。で、道中、戦闘の痕跡が多数見つかったわけだ。コボルトが何者かと戦い、やられた痕がな」

「多少は戦いました」

「多少ね」


 ガルモーニは皮肉っぽく言うと、今回のダンジョンスタンピードとその鎮圧までの経緯を語った。ソウヤとミストが知らない部分の話だ。


 エイブルの町の冒険者たちの奮戦、敵撃退後の調査など。


「推定では、君ら二人だけで、七百近いコボルトを叩き潰したと思われる」


 ヒュー、とソウヤは思わず口笛を吹いた。隣で聞いていたミストがニンマリとした。


「そんなにいたのね。数えてなかったわ」

「途中でわからなくなったんだろう」


 ソウヤが冗談っぽく言えば、ミストは愉快そうに笑った。


「本当に、そんなにオレらで倒したんですか? そりゃ向かってくるコボルトは手当たり次第をやりましたがね……」

「どうもそうらしい。正直、こちらも信じられないんだがな」


 ガルモーニは神妙な調子で告げる。


「冒険者ギルドとしては、お前たちの活躍した分に正当な報酬を用意する。コボルト軍団の半数以上……七割を倒して、スタンピードを弱体化させた分だな」


 ただ――と、ギルド長の表情が険しくなる。


「問題はな、あまりに戦果が凄すぎることだな。始末が悪いことに、エイブルの町の冒険者の多くが、お前たちの奮戦を知らない。実際にその場で見ていないからだ」

「本当に七割のコボルトを倒したのがオレらか、周りは信じられない」

「そういうことだ。たった二人で、数百のコボルトを撃破など、俺だって眉唾だよ」


 無理もないことだと、ソウヤは頷く。


「それを言うなら、当のオレらだって同じですよ。報酬はもらいますが、多過ぎて払えないのなら――」

「いや、払えないのではない。それは心配しなくていい。問題はだな、スタンピードを撃退した功労者は、ギルドや町を上げて表彰されたり、英雄として喧伝されるのだが、お前たちはその……戦果を発表しても、受け入れられない可能性があるんだ」


 ただの二人で上げるには信じられない戦果。実際に目にしていないから信憑性に欠けるということだ。


「あー、そういうのなら、報酬だけもらって、特に式典とか表彰とかはなしでいいですよ」


 ソウヤはもらえるものだけもらって、他は辞退する。せっかく皆が気分よくなっているところに、水を差すこともない。それで丸く収まるならいいではないか。


「面倒はないだろうな。だが、いいのか、ソウヤ? 銀の翼商会としては、今回の活躍を大いに宣伝に利用できる機会でもあるが?」


 ダンジョンスタンピードからエイブルの町を救った戦う商人、銀の翼商会。これは王都にもその活躍が轟く戦功だ。


 知名度がうなぎ登り。有名になれば、その名前を出すだけで、今後の商売がスムーズにいくようになるだろう。


 ネットや携帯電話などのないこの世界。知名度を上げる手段は限られているが、今回の騒動を上手く活用すれば、国中に銀の翼商会の名が知れ渡るのだ。


 だが、ここで、ソウヤが言うように表彰などを辞退するのは、その有名になる機会を逸してしまうことにも等しい。


 商人として、商機を逃すことになるのでは――と、ガルモーニは危惧したのだ。


 しかし、ソウヤは首を横に振った。


「ガルモーニさん、オレらに気を使ってくれてありがたいです。だけど、今回の活躍の主役はこの町の冒険者たちってことにしておいてください」

「理由を聞いても?」

「さっき、オレらが倒した数が多すぎるって話したでしょ? ちょっとやそっとじゃ信じられない規模ってやつ」


 ソウヤは無表情で、淡々と言った。


「みんな頑張ったのに、別のところで戦ってたオレらの武勲が一番なんて面白くないじゃないですか。そりゃオレらが有名になるチャンスですけど、それで地元の連中から後ろ指を指されるようなのは御免なんですよね」


 商人としては間違っているかもしれない。商人が商売の機会を増やすタイミングで、一歩を遠慮するのは。


「それに、オレらがそうしたほうが、ガルモーニさんも面倒がなくていいでしょ?」

「……!」


 その言葉に、ギルド長は、狐につままれたような顔になった。


「いやはや、参ったな……」


 どこかばつの悪そうに、ガルモーニは頭をかいた。


「面倒はない、そうだな。そうしてくれると俺たちギルドはとても助かる」


 冒険者たちに一番の手柄の件を納得させる苦労がなくなった。俺が俺が、という血の気の多い冒険者たちを納得させるのは、骨の折れる作業となっていただろう。


 もちろん、貢献したソウヤたちが望むなら、ギルドとして他の冒険者たちを説得しなければならない。


 だがソウヤは、その労力を省いてくれる選択をした。冒険者たちとの信頼関係を悪くしかねない、ストレスとなる原因が消えたのが、うれしくないはずがない。


 これは借りだな、とエイブルの町のギルド長は苦笑した。


「そうなると、俺たちは、お前たちに相応の礼と融通をきかさないといけないなぁ」


 銀の翼商会は、エイブルの町の冒険者ギルドの信頼を手に入れた。プライスレス。

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