第60話、本当の英雄は――


 その日、エイブルの町は歓喜に包まれた。


 災厄であるダンジョンスタンピードを、早期に鎮圧したことで町への被害はなく、また犠牲者も数名の冒険者たちに留まった。


 本来なら、町は半壊していてもおかしくなく、冒険者のみならず住民も含めて、多くの犠牲が出ていたに違いない。


 今回のスタンピードが比較的『小規模』だったのと、冒険者総出でダンジョンから外へモンスターが出るのを阻止したことが、勝因だったとされる。


 奮闘した冒険者はもちろん、その関係者がほとんどを占めるエイブルの町の住民は、この勝利を盛大に祝ったのだ。


 一方、ダンジョン内で敵の戦力減らしに貢献したソウヤとミストは、このお祭り騒ぎには加わらなかった。


「悪いが、オレは寝る。起こすなよ」

「右に同じ」


 ほぼ徹夜で戦い続けたことで、さすがに疲労がピークに達していたのだ。そんなわけで祝いを勧める者たちを振り切り、とっとと就寝――する前に、きちんと返り血と汗を風呂で洗い流してから、ベッドにダイブした。


 気づけば、ソウヤとミストはお祭り期間となったほぼ二日間、眠り続けた。



  ・  ・  ・



 エイブルの町の冒険者ギルド。ギルド長ガルモーニは、執務室にいた。


 外では、スタンピード後の戦勝に盛り上がっている冒険者たちの声がしている。彼ら生を謳歌している者たちがいる方で、偉い人間は戦後処理や確認作業を進めなければいけない。


 ガルモーニも酒を飲み、羽を伸ばしたい気持ちはあったが、ゆっくり休んでいることができない立場の人間だった。


 そうであるなら、特に偉い立場でもないのに働いている人間は、いささか同情を禁じ得ないと、ガルモーニは思った。


 机を挟んで反対側にいるシノビのカエデなどは、その本来は騒いだり、休んでいても文句を言われる立場にはない人間のひとりと言える。


「今回のスタンピードにおける魔物は、ほぼ排除したものと考えます」


 ダンジョン内で、シェイプシフターという使い魔を使い、スタンピードを発見したカエデ。


 彼女は戦闘終了後に、再びダンジョンに戻るよう、ガルモーニから指示を受けた。


 最初に報告した敵の数に比べ、冒険者が総出で迎え撃った敵が、明らかに少なかったからだ。


 今回のスタンピードは、まだ終わっていないのではないか? そう懸念し、カエデを調査に派遣したガルモーニである。……本当なら、外で騒いでいる連中も、戦勝気分に浸るのは調査が済んでからにしてほしいところである。


「ではカエデ、最初に君が報告してきた数より、我々が倒した敵が少なかった理由は?」

「おそらく、白銀の翼――ソウヤさんとミストさんが倒してしまったからでしょう」


 ガルモーニは閉口する。


 白銀の翼こと銀の翼商会の二人の冒険者。凶悪なるヒュドラを撃破する実力者であり、今回、ダンジョン調査隊の支援に出した者たち。


 スタンピード発生を確認後、調査隊の撤収の時間を稼ぐために殿軍となったという。冒険者たちがスタンピードと衝突した時、彼らの姿はなかった。


 ダンジョンで取り残されたか、あるいはやられてしまったのではないかと思われたが、スタンピード撃退直後の調査で、無事が確認された。それなりの数のモンスターと死闘を演じていたらしいことはわかる。……わかるのだが――


「カエデよ、それは、最初の発見で確認されたモンスターの七割を、彼らだけで倒したということか?」


 自分でいざ言葉として出しても、いささか信じられないガルモーニである。


 戦える冒険者を総動員して、ダンジョン入り口に防衛戦を築き、数百のコボルト軍団を撃破した。


 比較的狭い空間での戦闘ゆえ、正面からのぶつかり合いは、冒険者たちに五百もの敵と戦ったように思われた。だが、戦闘後に確認したところでは実際は三百程度だったことがわかっている。


 スタンピードといえば小規模であるが、事前に迎撃できず町に入られれば、相応な混乱と被害をもたらしたことは間違いない。


 しかし、そこで別の問題が出てくる。冒険者たちが三百の敵しか打ち倒していないなら、千に近い敵の約七割が残っている計算となる。


 だが、その後の調査で、その七割の敵の存在は確認できなかった。いや、カエデの言うところ、戦闘の痕跡と、コボルトが倒れた際に落ちた装備品などが多数落ちていたのは見つけた。


「その全部を、あの二人が倒した、だと?」

「それ以外に考えられません」

「いや、それ自体、信じられないことだぞ」


 ガルモーニは眉間にしわを寄せる。


「コボルトだぞ? 確かにあの二人は強い。だが天下無双の戦士といえど、戦場で百人も倒せれば歴史に名を残せるほどの武勲だ」

「……」

「その七倍だ。……いや、二人で分けてもそれぞれ三百以上か。こっちは総出で同じ数だっていうのに」


 そんな芸当、並の人間には不可能だ。もしできるとしたら、十年前に魔王を討伐した勇者でもなければ無理だろう。


「さすがに、一度にその数を相手にしたわけではないと思います」


 カエデは、落ち着き払った態度を崩さなかった。


「ダンジョンの広い範囲で戦った跡がありました。所々で敵の数を減らしながら戦ったのだと思います」

「つまり、困難な撤退戦を、支援もなしに自力でやり遂げたわけだ」


 敵から逃げながら戦うというのは、言うほど簡単なものではない。戦場における殿軍とは、よっぽど上手く立ち回らないと、まず全滅する。それが普通だ。


 だから殿軍に志願する奴は、自らを犠牲にするのを承知していることが多い。


 そしてダンジョンのモンスターというのは、逃げる相手には、とことん調子に乗って追撃してくる。


 特にコボルトなどは、その例のひとつと言っていい。弱いと見たら徹底的に襲いかかってくるのだ。優れた聴覚と嗅覚で、ちょっとやそっとの潜伏を見破ってしまう待ち伏せ泣かせのモンスターでもある。


 ――俺なら、そんなのはごめんだ。


 ガルモーニは、コボルト軍団相手に殿軍など志願したくはない、というのが本音だ。


 だが、ソウヤとミストは、それを実行し、やり遂げ、そして生還した。それがどれだけ凄いことか!


「まったく、勇者マニアってのは、そんなに強くなれるものなのかね」


 もう笑うしかない状況に、ガルモーニは失笑する。カエデは何も答えなかった。いや、おそらくどう返したらいいかわからなかったのだろう。


 落ち着いているように見えて、カエデが、年齢相応の少女であることを知っている。


「働きに関して、報いなければならない」


 それが冒険者ギルドとして、所属している冒険者への礼儀であり義務である。ギルドが依頼した仕事を銀の翼商会は完璧にこなした上に、依頼外の殿軍も果たした。


 倒したと思われるモンスターの数も、断トツに多い。


 だが、他の冒険者たちは、自分たちこそ、スタンピードのモンスターの主力を撃破していると思い込んでいる。ソウヤたちが一番の手柄などとギルドが言ったところで、疑う声や不満も出ると思われる。


 何せソウヤとミストを知らない者からすれば、『その場にいなかった』冒険者が一番など、認めないだろうから。


「ギルドとしてはできる限りのことはする。今回のスタンピードを最小の被害で切り抜けたのは、ソウヤたちのおかげだ」


 ガルモーニは、その点ははっきり認めていた。


「どうするのが一番か、彼らに相談するしかないか」

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