魔王を討伐した豪腕勇者、商人に転職す －アイテムボックスで行商はじめました－

第59話、激闘の果て

　わかっていることだったが、やはり数の差というのはしんどいものがあった。

　ソウヤとミストにとって、コボルトなど束になったところで所詮は、雑魚である。しかし塵も積もれば山となるというもので、さすがに疲労は隠せなくなった。

「ねえ、ソウヤ、あと何体！？」

　ミストが竜爪の槍を振るうと、範囲内にいた二体のコボルトが両断された。が、その大振りの隙をついて、さらに二体、いや四体とコボルトが殺到する。

　しかし――

「あまーいっ！」

　電光石火。飛んできたハエを叩くが如く、瞬時に返ってきた槍にまとめて横合いから強打され、まとめて壁面まで吹っ飛ぶ。

　ドラゴンのパワーを侮り、迂闊に飛び込んだ結果である。

「ソウヤぁ！　生きてるっ！？」

「生き、てるよっ！」

　飛びついてきたコボルトを斬鉄で受け止めるソウヤ。ぶん回す余裕がなかった。牙を剥き出し、ソウヤに噛みつこうとするコボルト。武器で競り合っている中、頭を伸ばしてくるは獣の如き闘争心。

「汚えツバ、飛ばしてくんじゃねえよ！」

　ソウヤは、コボルトの伸びきてた鼻先に頭突きをかます。鼻っ面に打撃を受けて、思わず怯むコボルトに、ソウヤは鉄拳をぶちこみ、その頭蓋を割った。

　倒れるコボルトだが、すぐに次のコボルトが木製の棒を振り上げてソウヤに飛びかかっていた。

「次から次へと！」

　一歩ズレて、敵の打撃を躱すと、膝を上げてコボルトの胴に蹴りを叩き込む。勢いのまま回転して、コボルトを飛ばせば、それは後続のコボルトを巻き込み、バタバタと倒れる。

　勢いで回る力を利用し、斬鉄を振り回せば、横合いや後ろから襲おうとした敵を巻き込み返り討ちにした。

　――さすがに、態勢立て直さないとヤベぇか。

　ソウヤは、いまだひしめくコボルト集団を見やり、舌打ちする。

　だが、その時、ズゥンと振動が起きた。何事かと一瞥すれば、そこには白き巨竜の姿。突然、現れた巨大なる竜に、コボルトたちもパニックに陥る。

「えっと……ミストさん……？」

　ソウヤの声に返ってきたのは、神々しいまでの竜の怒りの咆哮。

　――どうやら、どこかのバカが、彼女をプッツンさせたらしいな……。

　ミストドラゴンが振り回した尻尾が、コボルトを根こそぎ空中へと放り出した。放たれたブレスもまた、人間形態の時の比較にならず、あっという間にコボルトどもを炭化させてしまう。

　ソウヤは、そそくさと通路まで退避した。この世に怒らせていけない存在は多々あれど、ドラゴンを怒らせたら、まず命はない。

　――まあ、いいか。暴れればすっきりするでしょうよ。

　コボルトも減って一石二鳥。ただ、その後のフォローはしないといけない、とソウヤは、わずかながらできた休息を取りながら思った。

　　・　　・　　・

　怒りとは長時間持続しない、というのは誰の言葉だったか。

　ミストのお怒りドラゴンモードは一時的なものであり、元に戻ったが、その後も、コボルトの襲来は幾度も繰り返された。

「あー、しんど。本当にしんどいわ」

　ミストが、あからさまなため息をついた。

　あれだけ戦いたがっていた彼女も、さすがに飽きたようだ。どんな美味しい料理も満腹になれば、美味しさも半減するのと同じだろう。

　コボルトが途絶え、しばしの休憩。アイテムボックスから串焼き肉をとり、水分補給。

「レパートリーを増やしたいな」

「なに？」

「串焼き肉ばかりだと飽きないかと思ってさ」

　ソウヤは、割と本気で考えてたら、ミストは鼻で笑う。

「それ、いま言うこと？」

「食べている今だからこそ、思うこともあるのさ」

　串をアイテムボックスにしまい、敵がやってくるだろう向かい側の通路を睨む。今のところ、あの犬のような遠吠えは聞こえない。

「飽きたといえば、もうコボルトはいいわ」

　すっとミストがソウヤの背中に抱きついてきた。彼女の横顔が、ソウヤの右肩のすぐ上にあって、背中には豊かな肉の感触。革の鎧ごしなのが残念――ソウヤは思ったが、口には出さなかった。

　お怒りモードで暴れ回った人とは思えないほど、にこやかな表情に、妙に緊張してしまうソウヤ。

　――ひょっとして、これもひとつの吊り橋効果？

　苦楽を共にし、互いに命を掛けて生き残った者同士にしかわからない戦友感か？　

　――ヤベぇ、今ならドラゴンとだって結婚できるわ。

　ひょっとしたら、ミストも同じように感じているのか。だから、こう体を密着させて友人ないし親子みたいなタッチを堪能しているのか。

　などと、気の抜けたことを考えているソウヤ。ふと、後ろの通路から足音が聞こえてきた。

「誰か来たわね」

　ミストもハグしたまま、それに気づいた。

「冒険者かな？」

「援軍かしらね？」

「じゃあ、彼らにここを任せて、オレらはひと眠りするか？」

「賛成。ワタシも疲れたわ」

　どうやら離れるつもりはないらしい。他の連中に見られたらどう思われることか。

　――まあ、知ったこっちゃないか。

　何より疲れていた。ソウヤはそのままでやってくる者たちを待った。

「ソウヤさーん！」

「……おう、セイジか」

　聞き慣れた声に、ソウヤは首を巡らした。

　まず目に入ったのはシノビのカエデ。その後に数人の冒険者と、セイジの姿があった。

「よかった！　無事だったんですね！」

　息を弾ませ駆けてくるセイジ。ソウヤが応える前に、ミストが顔を上げた。

「無事なもんですか。めっちゃくちゃ疲れたわ」

「コボルトの大群をエイブルの町の手前で迎え撃ったのですが――」

　セイジは、ソウヤたちのそばまで来た。

「スタンピードにしては規模が小さいようで、撃退できました。でも、ソウヤさんとミストさんが帰ってこなかったから、滅茶苦茶心配したんですよ！」

　まくし立てるように早口のセイジ。ソウヤは手をヒラヒラさせる。

「ああ、心配かけたな。こっちは何とか死なずに済んだ口だ。……そっか、スタンピード、終わっちまったのか」

　足止めして、敵を減らしてギリギリまで戦っていたら、ダンジョンスタンピードが終わったらしい。

「あの、ソウヤさん」

　カエデが、不意に声をかけてきた。何だ、と見れば、彼女と、そして他の冒険者たちが唖然とした表情で周囲を見回していた。

「……いっぱい武器とか防具が落ちているのですが……、これ、全部お二人で倒したんですか？」