第54話、魔族の出現
人間どもめ!
魔王軍所属の魔術師ピレトーは、ダンジョンの深部へとのこのこやってきた人間――冒険者の集団を睨めつける。
猛牛を思わす人型魔族。たっぷり蓄えた髭、肉体派戦士にも劣らぬ体躯を持ちながら、魔術師のローブをまとい、手には魔法杖を保持する。
ダンジョンに意図的に魔力を収束させ、魔物を増やす――ダンジョンスタンピードを起こすための準備を行っていたピレトーとその配下だったが、人間たちはやってきた。
まだ準備途中である。
「まあいい」
ピレトーは邪な笑みを浮かべた。
「魔王様復活のための生け贄は多いほどよい。こやつらの魂も、それに加えてやるわ!」
十年前、勇者と相討ちとなって倒れた魔王。彼に従っていた魔族は、要を失い、人類によって追い落とされた。
だが彼らは滅びたわけではない。偉大なる魔王を復活させ、再び魔族の力を取り戻さんと虎視眈々と牙を研ぎ続けていた。
人類を殺せ。その魂を集めろ――それが、彼ら魔王軍の残党、そしてピレトーに与えられた任務だった。
彼は配下の魔物をけしかけた。
「かかれ! 奴らを血祭りにあげるのだ!」
魔族――リザードマン、ウェアウルフ、オークにオーガといった者たちが咆哮を上げて、侵入してきた人間たちに襲いかかった。
・ ・ ・
調査隊が魔族と接敵。
後方をゆっくり移動していたソウヤたちの元に、調査隊から派遣された冒険者が駆けてきた。
どうも数に押されているらしい。大挙して押し寄せてきたので、退却のタイミングを逃したようだ。
「お前は、そのままダンジョンの外へ行って、このことを知らせてこい!」
ソウヤは、伝令の冒険者に告げた。
「あ、銀の翼商会さんはどうするんです?」
「調査隊の援護だ」
うまく脱出できるように立ち回るつもりのソウヤである。ミストは腕がなるとばかりに太々しいまでの笑みを浮かべている。
「カエデ――」
「随伴します」
伝令と一緒に戻ってもよかったのだが――ソウヤは頷き、セイジを見た。
「さて、セイジ。お前さんはどうする?」
「……」
相手は魔族。そして戦場は劣勢。戦闘能力の低い彼が、魔族を相手にするのは、かなり厳しいという見立てだ。
だが、ソウヤは、本人の意思を尊重したいと思っている。客観的に見ればムリかもしれない。だが本人がどう考えているかは別だ。
「僕は……」
セイジは喘ぐように一度口を閉じた。だが迷っていた視線はすぐに、真っ直ぐなものへと変わる。
「僕も、行きます。荷物運びや、けが人の応急手当はできますから」
「よく言った!」
その勇気に敬意を。ソウヤは仲間たちと先を急いだ。やがて奥のほうから怒号や咆哮、悲鳴、そして剣戟が聞こえてくる。
戦闘だ。細い斜面を滑るように下れば、開けた場所に出て、調査隊とその数倍の規模の魔族兵が戦っていた。
――ちくしょう、混戦かよ!
ソウヤはアイテムボックスから抜きかけた斬鉄を手放した。ぶんまわして突っ込むと、背中を向けている味方に当たりそうな気がしたのだ。
代わりにアイテムボックスから出したのは、ミストがレンタル武器用に制作したショートソード。
剣としては刃渡りが短いそれは、例えるなら古代ローマ兵が用いたグラディウスだ。
「うぉおおおおりゃぁっ!」
ソウヤは気迫と共に、冒険者の間をすり抜け、目の前のリザードマンに体当たりからの剣の刺突を食らわせた。
痛みに悲鳴をあげるトカゲ頭の魔族。深々と貫いた剣をリザードマンの腹部の肉がくわえ込む。
筋肉が硬直したことにより、本来は抜けづらくなる。だがソウヤが力任せにリザードマンの腹をえぐり、引き裂くと真っ赤な血が噴き出て、その体を裂いた。
「ギャッ!」
頭が上がったリザードマンの喉を、血まみれのショートソードで切り裂く。――こいつはもういい、次!
ソウヤは、次に間合いに入ってきたオークの胸を一突き。皮の鎧を容易く貫き、心臓を一撃。血を噴き、倒れるオークをそのまま蹴飛ばし、勢いで剣を抜くと、狼男――ウェアウルフが飛びかかってきた。
その腕を振り回し、鋭い爪で切り裂こうする一撃を迎撃。ショートソードで腕ごと切り落としてやる。
右腕を失ったウェアウルフが愕然としたのは刹那。だがその隙をソウヤは見逃さず、狼男の脳天に力任せに剣をねじ込んでやった。
すると、剣が折れてしまった。
「……これだから並の武器は」
すぐ壊れてしまう。
突出したことで、周りは敵だらけ。敵中孤立――ではなく、これを狙っていた!
いよいよ斬鉄を取り出すと、豪腕が唸った。当たるのを幸いと振り回しただけで、魔族兵が次々に鉄の塊じみた打撃と斬撃に巻き込まれて、吹き飛び、両断されていく。
魔族の攻勢が鈍る。
そしてそれは、ソウヤの周りのみならず、もう一カ所。
轟音。人間より大きな魔族兵の巨躯が、両断、または異様な形でねじ曲がって宙を舞う。
「どう? ドラゴンの尻尾と同程度の威力の感想は?」
ミストが竜爪の槍を振るう。漆黒の軽鎧を具現化させ、まとう美少女は黒き戦乙女か死神か。散るは魔族の血しぶき。哀れ、肉片と化す獣たち。
「ソウヤさん!」
「ミストさん!」
冒険者たちが、駆けつけた援軍に声を弾ませる。ヒュドラを討った強者の乱入は、魔族に押されていた彼らを勇気づけた。
「それ、押し返せぇっ!」
リーダーのドレイクが、剣で敵を指し示し、向かってきたオークの首を刎ね飛ばして前進すると、冒険者たちも続いた。
数の差も何のその。ソウヤとミストが魔族兵の集団を蹴散らし、隊列が乱れたところを冒険者たちが仕留めていく。
形成は逆転したかに見えた。
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