第53話、闇の使い魔とシノビ少女
カエデは、シノビと呼ばれる東方のとある国の職業の少女だ。
もっとも、彼女は生まれはエンネア王国であり、シノビとしての手ほどきは両親から受けたから、実際にその東方の国は見たことも行ったこともない。
低身長ながら落ち着いている態度から、十代後半と勝手に判断されることがあるが、実のところは十四歳と若い。いや、素人は見た目どおりに彼女を判断し、かえって正解だったりするが。
両親を失った後、カエデは冒険者ギルドに身を寄せる。冒険者であるガルモーニが、両親の友人だった縁でもある。
そこで彼女は自身のスキルを活かして、連絡係や諜報任務などをこなしてきた。両親からは一族の暗殺術を学んでいたが、ガルモーニはその手の暗殺に彼女を利用することはなかった。
今回、ソウヤたち銀の翼商会に同行したカエデは、二つの任務を与えられている。
ひとつ、ダンジョン内の魔族の捜索。
ふたつ、白銀の翼こと銀の翼商会の観察。
メインはひとつ目の魔族調査だ。これは調査隊が探索に難航した場合の、もうひとつの捜索手段として、カエデの能力を使うため。
サブ任務は、ソウヤたちの観察だが、監視というよりは銀の翼商会の能力を見定めるための査定のほうが近い。なのでこちらはおまけ程度だ。
「……」
カエデは、休憩キャンプからひとり離れ、ダンジョンの奥への通路にいた。
誰もいないのを確認し、すっと腰を下ろしてしゃがむと、持ってきた筒型のケースを、そっと開いた。
どろり、とした粘液じみた液体が流れ出る。黒いそれはスライムのようになり、やがて、人型になった。
変身するモノ――影人間のような形をしたそれらが複数体、カエデの周りに立った。
「行け」
短い命令を受け、影人形たちがダンジョン内に散った。
この影人形たちは、こちらの王国近辺ではシェイプシフターと呼ばれる化け物だ。変幻自在に姿を変えるモンスターとして、他のモンスターや人間にも化けることができる。大変な悪食で、生き物なら何でも取り込み捕食する。
だがカエデとその一族は、このシェイプシフターを使役している。だがこの魔物を使役することは、好ましく思われていない。
魔獣使いというだけで、かなり偏見をもたれるが、闇の魔物を扱うことはそれ以上に差別の対象として見られることが多い。
ゆえに、この能力のことは知られないように振る舞ってきた。銀の翼商会のミストから中身を聞かれた時も、頑なに沈黙を通した。
それに、銀の翼商会の観察には、シェイプシフターを使うこともあるだろうから、特に彼らにバレてはいけない。
「……!?」
不意に気配のようなものを感じて、カエデは振り返った。しかし当然ながら、そこには誰もいなかった。
足音などを聞き逃すような耳ではない。だが背後から、ふっと吐息を吹きかけられたような感覚に、思わず振り返ってしまった。
――誰かに、見られていた……?
そこにいない。だけど、何かがいたような空気に、カエデは緊張を隠せなかった。
まさか魔族か?
・ ・ ・
ダンジョン調査隊は休憩を終えて、奥へ向かった。
後片付けをしているソウヤの元に、見回りをしていたミストがやってくると、そっと口を開いた。
「あの娘、使い魔持ちね。使っているのは、シェイプシフター。姿を変えるスライムみたいなものよ」
「シェイプシフター」
ソウヤは、アイテムボックスに洗ってまとめた串を収納する。
「魔王討伐の旅で、一度戦ったことがあるな。仲間に化けて襲ってきて、結構面倒だった」
「敵だと思うか?」
「魔族の仲間かって? それはないわね」
ミストは断言した。
「たぶん、あのギルド長の命令で、魔族の存在を探っているのだと思うわ。もしここの魔族の関係なら、放つ使い魔は一匹だけでよかったはず。分散させたのは、明らかに捜索よ」
「敵じゃないんならいいか。……それにしても」
スープ皿を片付けながら、ソウヤはミストを見た。
「よくわかったな」
「あら、ワタシが霧の竜だってこと、忘れてない? 大気に溶け込むワタシの能力なら、どこでも探れるし移動できるわよ」
自慢げなミストである。
「ああ、お前があまりに美少女過ぎて、時々ドラゴンだってことを忘れるよ」
「……ドラゴンだってこと忘れられても困るのだけれどね。ま、褒め言葉と受け取っておくわ」
「いや、完全に褒めたつもりだったんだが……」
そうこうしている間に、カエデが戻ってきた。休憩キャンプ周りのゴミなどを回収していたセイジが「おかえりなさい」と彼女に一声かけた。
ミストは、意地悪げに笑みを浮かべて、カエデを見た。
「おかえり、おチビちゃん。おトイレは済ませられたかしら?」
「……子供扱いするの、やめてくれませんか?」
カエデが不満げな表情を浮かべた。ふだん落ち着いている彼女が、そんな顔をすると本当に子供のように見える。
「あら、子供じゃないの。背伸びしたって身長は伸びないのよ」
完全に子供をあしらうそれだ。背伸びしたら数センチ高くなる……と思ったが、確かに身長は伸びていないと、ソウヤは黙っておくことにした。
「ソウヤさん、後片付け済みましたー!」
セイジがゴミ箱のラベルのつけた肩掛けカバン型アイテムボックスを手にやってきた。
「おう、ご苦労さん。それじゃ、オレらも奥へと進むぞ」
「ゴミなんて置いていけばいいのに。ここダンジョンよ?」
ミストが、わからないという顔で言った。
魔物の巣窟であり、誰かの庭でもないから、そのままでも誰も文句はないのだろうが――
「うーん、そうなんだろうけど、なんつーか、ゴミ散らかしていくのって、気になるんだよなぁ……」
日本人のマナー的に。欧米では、割とミスト的な考えが多いらしいが。
「オレの中の宗教みたいなもんだ。……なあ、カエデ。お前はどう思う?」
「え……?」
突然、話を振られ、わずかに表情が動いた。
「……そういうのはわかりませんが、痕跡を消すのはありだと思います」
「あー、まさに忍び的発想だ」
――痕跡を消す、うんうんわかるわかる。
とはいえ、今のソウヤたちに消さなきゃいけない痕跡などないが。
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