第55話、魔族はやっつけたけど……


 魔王軍魔術師ピレトーは、戦況を変えられたことに驚愕した。


 始めは数の差で圧倒しているように見えた。しかし追い詰めたと思い始めた時に新たに現れた援軍が、すべてをひっくり返した。


「な、なんだ、あの強さは!?」


 とても人間のものとは思えない力で、魔族兵をなぎ倒していく手練れの男女。巨人族の振り回したハンマーで、人間の兵士が吹き飛ばされる光景を見たことがあるピレトーだったが、これはまるで逆だった。


「おのれ……おのれっ!」


 ピレトーは魔力を杖に収束させる。


「紅蓮の炎に抱かれて滅せよ!」


 ドラゴンの息吹を思わすオレンジ色の炎の塊が杖から飛び出し、それが放たれた。


 狙われたのはミストだった。周りの魔族兵を巻き込む炎はしかし、ミストの近くでフッと掻き消えた。


「なんだと!?」

「温い炎ね」


 ミストの視線が魔術師ピレトーへと向く。魔術師は気づけなかった。炎の塊が、彼女の軽いひと吹きで吹き消されてしまったことに。


「ワタシを狙った罪は重いわよ!」


 次の瞬間、ミストはその手の竜爪の槍を投擲した。あまりのスピードに、ピレトーが瞬きの間に槍が体を貫き、壁面まで吹き飛ばされた。


「バカ、ナ……」


 ダンジョンスタンピードが、魔王様の復活が――魔術師は、あっけなくその命を失った。


 指揮官が倒れたことで、残りの魔族兵の動揺が大きくなった。冒険者たちは一気に攻勢に出て魔族を撃退していく。


 しかし、事態はこれで収まらなかった。


 ダンジョンモンスターの一定数以上の増殖による、スタンピードの発生が、すぐそこまで迫っていたからである。



  ・  ・  ・



「モンスターの大群?」


 ソウヤは、カエデの言葉に思わず聞き返した。


 ダンジョンの奥から、大量のモンスターが移動しつつある、というのが、カエデの報告だった。


 戦闘のどさくさに紛れて、敵に後続戦力がないか偵察したら、見つけたという話だったが、おそらくミストが言っていたシェイプシフターが発見したのだろう。


 それはともかく、モンスターの大群というのは看過できない事態だ。


「魔族は、スタンピードを起こすつもりだったのか……!」


 連中がダンジョンでコソコソしていたのは、モンスターを外部から増やして環境を狂わしていたのだろう。


 そして人工的なダンジョンスタンピードを発生させようとしたのだ。


 話を聞いていたミストが口を開いた。


「どうする、ソウヤ?」

「放置とはいかんだろうなぁ」


 ソウヤは、視線を後ろ――魔族兵を倒し、休んでいる調査隊を見やる。


 セイジが忙しく、ポーションを配っているが、安静が必要な怪我人が複数いた。まだ僧侶に回復魔法をかけてもらっている者はいいが、魔族兵との衝突で戦力はほぼ半減している。……戦死者も数人出ていた。


「スタンピードが起きれば、大惨事だからな。ダンジョンだけにモンスターを押し留められればいいが、迎え撃つ者にも相応の犠牲が出るだろう」


 最悪、エイブルの町にも被害が及ぶ。


 ――こっそり、オレたちだけでやっちまうか?


 一瞬、そんなことを考えるソウヤ。


「カエデ、敵のおおよその数ってわかる?」

「……数百はいるかと」


 神妙な面持ちで、シノビの少女は答えた。


「もしかしたら千を超えるかもしれません……」


 ――あー、無理だ。ヘタに自分たちだけで何とかしようとしたら潰れるやつだ。


 ソウヤは早々に、最初の考えを捨てた。多勢に無勢だ。エイブルの町の冒険者たちの力も結集して、事に当たるべきである。


 その上で、こちらが予めモンスターに打撃を与えて、数を減らしておこう。


「カエデ、ギルド長にダンジョンスタンピードが起こりつつあることを報告してくれ」

「ソウヤさんたちは?」

「とりあえず、先行する敵の足止めと削りをやろうと思う。……もう連中、動きだしているんだろう?」

「はい。ですが、危険ではありませんか?」

「間違っても安全じゃないわな。けど、負傷者を抱えた調査隊が撤退するには、時間稼ぎが必要だろう」

「……確かに」


 カエデはコクリと頷いた。


「あの、聞いても?」

「何だ?」

「モンスターの大群……ソウヤさんは直接見ていないのですが、信じてくれるのですか?」


 ――あ? 何を言っているんだ?


「信じるも何も、敵情偵察は、シノビの本分じゃないのか? それとも嘘なのか?」

「嘘は言っていません! でも……その、こうもあっさり私の報告で、行動を決めていたので」

「信用しているってことさ」


 少なくとも、ギルド長は、彼女を信じて送り出しているはずである。確かに、ソウヤは自分の目でモンスターの大群が移動しているところをまだ見ていないが、彼女がシェイプシフターを使って独自に偵察をしていたことは、ミストを通じて知っている。


 むしろ、何故ここで信じる信じないの話が出たのか、ソウヤにはさっぱりだった。が、長話している場合でもない。


「じゃ、連絡をよろしく。……ドレイクのおっさん! 負傷者を連れて町まで撤退してくれ。モンスターの大群だ! スタンピードが起こるぞ!」

「何だと!? 確かなのかッ?」


 ――あ、これが自然な反応なのか。


 ソウヤは思ったが口には出さなかった。


「早く外に出て、態勢を整えないとモンスターに飲まれるぞ!」

「お、おう! お前ら、撤退準備だ! ――ソウヤ! お前は?」

殿軍しんがりをやる!」


 マジかよ!?――という冒険者の声が聞こえたが、ソウヤはさっさと奥へと足を向ける。ミストが当然の如く、ついてきて、セイジもまた駆けてくる。


「ソウヤさん! 僕も行きます!」

「……心意気は買うがな、セイジ。お前は調査隊の撤退を援護してくれ」


 ソウヤは、彼の同行を認めなかった。


 よりはっきり言えば、足手まといだから、ついてきても守ってやれない。


「ですけど!」

「モンスターを自力で倒せる実力がない奴がきて、いったい何ができる?」


 冷たいようだが、命が懸かっている。先の魔族との戦いは、他に冒険者がいて、武器が使えずとも役割があったが、今回はできることはほとんどないのだ。


「! ……っ」


 悔しげに唇を噛み締めるセイジ。自分の能力のなさは彼自身よくわかっている。


「今回は相手が悪過ぎる。オレはお前を死なせたくない」

「でも……!」


 それでも、と、何かがセイジを突き動かしているようにソウヤは感じた。白銀の翼の一員だから? 仲間が危険に挑むのに、自分だけ置いていかれるのが嫌なのか。


「この件が片付いたら、いくらでも特訓してやる。今は耐えろ。お前の未来のために」

「……っ」


 強くなれ――ソウヤは、ミストと共にダンジョンの奥へと駆けた。後ろは振り返らなかった。

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