第50話、露呈する問題


 ヒュドラ退治で階下がお祭り騒ぎの中、エイブルの町の冒険者ギルド、そのギルド長執務室。銀の翼商会のソウヤ、Bランク冒険者のドレイク、そしてギルド長ガルモーニが、引き続き会談中。


「――ダンジョンで商売をする際のルールを、今のうちに作っておくべきかもしれんな」


 ガルモーニは難しい顔で言った。ソウヤは片眉を吊り上げた。


「ダンジョンで商売するなら、冒険者ギルドに許可をとらないといけない、とか?」

「そうだな……。許可以前に、ダンジョン内で起こることについては、ギルドのほうで把握しておきたい、というのもある。冒険者が『中で商売してましたがいいんですか?』と問い合わせした時とか、こちらでどう答えるか、とかな」

「通報は勘弁ですね。悪いことをしているわけじゃないし」

「それも問題だ」


 ガルモーニは続けた。


「ダンジョン内は、基本冒険者しかいない。それをいいことに、禁制品の取引とか、犯罪行為をされても困るからな」


 しませんよ、そんなこと――ソウヤは思ったが、口に出したところで、それを信じてもらえるかどうかは別の問題だ。


 ドレイクが口を開いた。


「ソウヤはアイテムボックスを持っているからな。入り口で荷物検査をしたところで無駄だろうし」

「そもそも、アイテムボックスのことを言ったら、他にも持っている者もいる。商人に限らず、そいつらだって犯罪行為をしようと思えばできる」


 ガルモーニは、それとなくソウヤをフォローした。アイテムボックスがあるから、イコール犯罪ではない。


 商人をやる上で最大の長所を潰されたら、もう話にならない。


「ただ、できれば扱う商品については、オープンにしてもらえるとありがたい。そもそも見つかってヤバイものは、銀の翼商会は扱っていないだろう?」

「少なくとも、犯罪に関するものはないですよ」


 ダンジョンなどでの拾い物が中心ではあるが、これは冒険者ルールである拾ったモノは、拾った人間のモノからは外れていない。どう扱うかは拾った者次第であり、それを換金したり、自分で使うことは犯罪ではない。


「まあ、犯罪をしないなら、それでいいんだ。ソウヤたちは冒険者でもあるわけだから、ルールを逸脱しない限りは、冒険者ギルドで手助けできることがあるかもしれない」


 それが冒険者ギルドである。


 というわけで、さっそく、ソウヤは銀の翼商会が扱っている品について、ギルド長らに説明をした。ダンジョン内で提供した串焼き肉を、酒のつまみに、男三人で雑談感覚で、アイテムボックスから出した現物を確認していく。


 拾い物武器や防具、ダンジョン内の魔石を中心にした鉱物、薬草、ポーション、料理などなど。プトーコス商会の家具や雑貨も出したら、ドレイクは苦笑していた。


「本当にアイテムボックスは何でも入るんだな」

「雑貨類はダンジョン向けではないですが、小集落を行商するんで、そっちで需要があるかな、と」

「実際のところ、何が売れているんだ?」

「今のところは、料理系ですね」

「ああ、この肉の味付け、焼き加減もいいな。……もっとがっつり食えるものはないのか?」

「うちは料理屋じゃないんで」


 ソウヤは皮肉った。多少料理の心得はあっても、プロの料理人ではない。


 ガルモーニが、机に置かれたポーションを指さした。


「ダンジョンで負傷者に与えたポーションは、とても効果が高かったが……普通のポーションと違うのか?」


 実際にポーションの効果を見ていたギルド長である。ソウヤはどう答えたものか考え、そして言った。


「うちの商会のメンバーが作った自家製ポーションに、ちょっとしたレア素材を配合したものですね」

「レア素材とは?」


 ――はい、その質問、予想してました!


「企業秘密……と言いたいところですが、……他には言わないでくださいね」


 そう前置きしておくソウヤ。


「ヤバイ薬品が入っていると誤解されると困るので、お二人には教えますが……実は、とある竜のウロコを手に入れまして、それを茹でて、染み出てきた液体をポーションに混ぜたんです」


 ミストさんの残り湯――嘘はついていない。


 ソウヤの言葉に、ギルド長とベテラン冒険者は、なるほどと唸った。


「ドラゴンか……上位のドラゴンの血には、すさまじい魔法効果があると聞く」

「なるほど、ドラゴンの鱗から抽出した成分が入っているのか。そりゃ効くかもしれんな」


 と、すんなり納得してくれた。ドラゴン自体レアだが、伝説や噂については、それこそ色々あるので、割と適当なことを言っても信じられてしまう件。


「まあ、本当はドラゴンといっても眉唾なんだが、ソウヤなら……」

「ああ、ヒュドラを倒したのを目撃したからな。嘘ではないだろう」


 先のヒュドラ退治の活躍が、ソウヤの話に信憑性を持たせたようだった。ガルモーニはポーションの瓶を手にとった。


「どれくらいあるんだ? できれば、こちらでもある程度、欲しいのだが……」

「俺も。非常時のために持っておきたい」

「……あまり多くないですね。まだしばらくは作れるのですが、鱗から成分が抽出できなきゃ終わりですから」


 ソウヤは眉間にしわを寄せて、腕を組む。……調達自体は、ミストを風呂に入れれば手に入るので、実は楽に入手できる。


 ポーションの生産自体は、セイジが手作業で行っているから、一度に大量に作れない。仮に大量に作れても、そうなるとポーション関係業界に多大な影響を与えてしまうことになるので、ソウヤは最低限、あるいは緊急事態の時を中心に限定するつもりだった。


 という感じで、竜の成分入りポーションは限定販売と表明し、ガルモーニたちにも了承をとった。


 そして話題は武器のレンタル話に。ミストが魔力生成で作ったブロードソードを試供品として彼らに見せる。


 しげしげと物を確かめていたドレイクは眉をひそめた。


「綺麗過ぎるな。……これは本当に魔法なのか?」

「ええ、時間経過で消滅します。返却しなくても勝手に消えます。あくまでレンタルなので、安くできます」

「うーん……どう思うギルド長?」

「正直言うと、ルールをきちんと設けないと難しいと思うぞ」


 ガルモーニは難しい顔。あまりこのレンタルには好意的ではなさそうだ。


 冒険者ギルドでも初心者向けに武器レンタルをしているというが、それと競合するからだろうか。


「戻さなくていいし、時間制限があるのは、返却せずに懐に収める輩の対策になる。が、メリットは同時にデメリットにもなる」

「と、言いますと?」

「たとえば、君のところに借りた武器を、武器屋とか他の冒険者に転売して、金を得る詐欺だな。レンタル代より高値で売れれば、それで儲けだ。転売したレンタル武器は、時間経過で消えてしまうから始末が悪い」

「……それはマズいですね」


 なんてこった――ソウヤは顔をしかめる。さっきドレイクが『綺麗過ぎる』と言った。正規の武器屋なら怪しむかもしれないが、冒険者とか素人に直接売る場合、詐欺に引っかかる可能性は高くなる。


「返却しなくていいから、その武器がどうなったか、ソウヤたちもわからないだろう?」


 時間制限で消えたのか、なくなったのか、転売したか。……確かに指摘のとおり、ソウヤたち銀の翼商会にはわからない。


「……とてもよろしくないですね、これは」

「うん。まあ、そのあたりの対策を詰めてクリアしていけば、レンタル武器も悪くない」

「その通りだソウヤ。ダンジョンで武器を失い、繋ぎとして必要とすることもあるからな。あれば助かる者もいるだろう」


 ドレイクが好意的な発言をした。


 この武器レンタルについては、再度検討が必要――ソウヤは少しがっかりした。割といいアイデアだと思っていたから。

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