第46話、勇者の背中
ひとつだけ挙動が違うヒュドラの頭。はて、そんなものあっただろうかと、首をかしげるソウヤに、ミストは小悪魔めいた笑みを向けた。
「再生できない奴は被弾を恐れて攻撃に加わらない。そりゃそうよ、死ぬのはヒュドラだって嫌だもの」
「確かに」
他の頭はやられても再生するなら、捨て駒特攻してもどうにでもなる。だが再生できない奴はそうではない。
ソウヤが勇者時代に倒したヒュドラは、聖剣による遠距離斬撃で、複数の首を刎ねていくのを繰り返したから、そこまで深く観察しなかった。
――うん、悪くない手だ。
頷くソウヤだが、そこでふと、会議中だった冒険者たち全員が、ソウヤとミストに注目していることに気づいた。
――あれ? いつの間に。
「なあ、聞かせてくれ、銀の翼の……ソウヤよ」
ドレイクが、大仰な態度で言った。
「貴様は、ヒュドラと戦ったことがあるのか?」
「……」
ソウヤはミストと顔を見合わせる。
「ソウヤよ、こっちを見ろ」
ドレイクは重ねて言った。
「貴様、十年前に魔王を討伐した勇者と同じ名前だな。まさかとは思うが……貴様は、その勇者か?」
「馬鹿な!」
驚く周囲の冒険者たちだが、声を上げたのはガルモーニだった。
「勇者ソウヤはもう死んだはずだ!」
驚きがざわめきとなる中、ソウヤは首を傾けて、ドレイクを見据えた。
「うーん違うな……。オレは勇者ソウヤのファンだ」
「ファン?」
「あんまり言いたくはないが、名前が同じで歳も近かったから、勇者になろうと努力して……まあ駄目だった口さ。偽物なんてなじられたこともあったけど、オレも勇者ソウヤの伝説には心揺さぶられたからな。彼のことなら何でも知ってるって豪語できるくらい調べたもんよ」
と、設定をつらつらと語る。そうとも、ソウヤの名前を出して、勇者に因縁のある乗り物などを乗るにあたって、一生懸命考えた設定だ。
「当然、勇者ソウヤが戦った伝説の魔獣や、今回のヒュドラのことも、彼の仲間たちから聞いたんだ。だからオレが知ってるのは、実際の彼らの経験談なんだが……」
そこでソウヤは、斬鉄をアイテムボックスから出して、肩にかついだ。
「『まあ、任せてくれ。大丈夫、何も問題はない』」
ポカンとする冒険者たち。ソウヤは内心ムズッとしたが、敢えておどける。
「おいおい、今のは勇者ソウヤの物真似で、しかも決めゼリフだぞ? もちっと反応してくれよ!」
お、おう――冒険者たちは顔を見合わせ、苦笑している。本物の勇者に会ったことない者ばかりだろうから、似ている云々言われてもわからないだろう。……だからこその自称ファン設定でもあるが。
苦笑いする冒険者のひとりが言った。
「でもあんた、商人だろ?」
「失敬な、これでも冒険者と兼業さ」
「ヒュドラと戦うっていうのか? ランクは?」
「Dランク」
「おいおい、冗談だろう? 相手はA……いやSランクのモンスターだぜ?」
「いやいや勇者ファンを舐めるなよ。これでも相当、鍛えたからランク以上に強いぜ、オレは」
冒険者たちがドッと笑った。別にジョークのつもりはなかったのだが。
「ベヒーモスくらいは倒せるぞ」
ソウヤが言ったら、周囲が首を横に振った。
「いやいや、そんな――」
「信じてないな? なら、こいつでどうだ?」
アイテムボックスから取り出したのは、霧の谷で倒したベヒーモスの頭――
これには一同、固まった。
「ベヒーモス……?」
「これが、そうなのか?」
「マジかよ!」
クリストフが、大きなベヒーモスの頭から視線をソウヤに向けた。
「さっき、勇者になろうとして失敗したって……」
「そりゃそうだろ。勇者なんて簡単になれるわけないだろ?」
ソウヤは面白い冗談だと笑みを浮かべた。
「だが勇者にはなれなかったが、それでもこれくらいはできるようになったんだ」
だから――
「ヒュドラだって倒してやるさ。勇者ファンの名に賭けてな」
しんと静まり返る。冒険者たちはどう反応していいかわからないという調子だった。無理もない。
ランクが低い、ほぼ新参で、しかも商人をやっているような男が、超危険な高ランクモンスターを倒すなど、誰が鵜呑みにできるだろう。ガルモーニは難しい顔で考え込んでいるし、ドレイクも困惑している。
だが誰もそれ以上言えなかったは、ソウヤからにじみ出る絶大な自信と見えない確信。この男は、もしかしたら本当にそうしてしまうのではないか? 勇者の模倣が、本当の勇者そのものに見えて、冒険者たちの心を揺るがした。
そんな中、ミストが一歩、前に出る。
「まあ、ワタシはヒュドラを倒すほうに賭けるわ」
ここにも不敵な自信を覗かせる少女がひとり。
「いいのよ。ワタシとソウヤで、あのドラゴンもどきを始末するから。あなたたちは、魔族が邪魔しないように、後ろを守ってなさい」
「あのなあ、ミスト。お前、言い方ァ」
さっさと歩き出すミストに、ソウヤも斬鉄を振り回して肩をならす。見慣れない棍棒のような大剣を軽々とぶん回す姿に、何人かの冒険者がビビった。
「ソウヤ!」
ガルモーニがその背に声をかける。ソウヤはヒュドラへ歩を進めながら、首を巡らす。
「ま、オレらで何とかします。最悪、やられたら犠牲はオレらだけで済みますし。オレらが戦っている間に、地上に連絡係を送るとかやってくれてもいいんで」
そのためにカエデというシノビを連れてきたのだ。とはいえ、その辺りのことは、ギルド長らに任せる。ソウヤは、ヒュドラを倒すほうに集中する。
「……でもね、ソウヤ」
ミストがボソリと言った。
「ベヒーモスの頭を出すのはやり過ぎよ」
「説得力を出すには、あれが一番かな、と思ってさ」
――出してからは、反対の声は出なかっただろ?
「ソウヤさん!」
「セイジ、じゃ、ちょっと行ってくるわ」
左手を振りつつ、視線は前へと向く。
「帰ったら、ヒュドラ肉でステーキだ!」
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