第47話、対決、ヒュドラ
ソウヤは斬鉄を手に、ヒュドラへと接近する。
とりあえず、敵の注意を引かないといけないので、特に隠れることもなく進む。本当は忍び足で、とも考えたのだが、多数ある頭のうちのひとつが、素早くソウヤを捕捉して他に伝えた。
「ああいう警戒役がいるってのも、頭が複数ある利点だよな」
視野も複数で広く確保している。耳障りな咆哮を上げて、ヒュドラが方向転換する。
気づかれたのなら、もう足音を気にすることなく突進。ぶん殴れる距離まで接近する!
体に身体強化と防御魔法をかける。身体強化は一定時間のあいだ、運動能力を倍増させる効果。防御魔法は、攻撃に対するダメージを激減させる。
あくまで減らすだけなので、直撃すれば傷になるし、当たり所が悪いと致命的な被害が出るおそれはある。
これらは勇者時代に習得した魔法だ。勇者の特典なのか、きちんと修行すれば割と万能なのだが、ソウヤは魔法よりも物理で殴るほうが得意な勇者だった。
ゆえに、ヒュドラに対しても、魔法による撃ち合いよりも近接しての打撃戦を仕掛ける!
ヒュドラの複数の頭が、ブレス攻撃を放ってきた。近づかれる前に先制しようという腹積もりだらおう。
――だから先に防御魔法をかけておいたんだ!
ファイアブレス、ポイズンブレス――種類は二つ。それらを回避しつつ、距離を詰めていく。
防御魔法がなければ、ギリギリで躱しても、火傷を免れないだろう威力。弾けた毒液が地面を溶かし蒸気を上げ、炎が土を焦がす。
身体強化で足も速くなっているソウヤは、ブレスの直撃を避け続ける。そして、ヒュドラの至近へと潜り込んだ。
「ここまで踏み込めば、ブレスは撃てない、よなぁぁっ!」
振り上げた斬鉄に、気を集中。渾身のパワーアタックが、ソウヤに噛みつかんと向かってきたヒュドラの頭をぶん殴った。
ガンっ、いや、グワァンだったかもしれない。恐ろしく鈍い音と共に、殴られたヒュドラの頭が後方へとぶっ飛んだ。
首がつながっていたから、まだ胴体にくっついているが、それがなければ、天井にまで飛んでいったのではないか、と錯覚させる一撃だった。
「まずひとぉつ!」
狂ったように怒ったか、次のヒュドラの頭が歯を剥き出し、食い殺さん勢いで迫っていた。
「ギェエエエエエエエッ!」
「どぉりゃあああぁぁぁっ!」
ジャンプからの再びのパワーアタック。伸びた鼻がめり込む衝撃に、ヒュドラの頭が地面に叩きつけられ、バウンドした。
「ふたぁーつ!」
潰れた頭に飛び乗り、わずかに遅れて飛び込んできたヒュドラの頭を回避して、スルー。その次に迫っていたヒュドラ頭に、三度のパワーアタックをぶちかます。
側頭部を殴り飛ばされ、跳ね返されるヒュドラの頭。そこからは無事な頭が次々に食らいついてきて、さすがのソウヤも渾身の一撃を放つ余裕がなくなる。
しかしきっちり斬鉄で、来る頭をことごとく打ち返し、はね除けている。
ヒュドラの連続攻撃。ソウヤのパワーアタックの直撃を食らい、ぐったりしていた頭も、一分程度で傷を再生させて復帰する。
ヒュドラは攻撃の手を緩めない。ソウヤがパワーアタックを放つのに、若干の隙ができるのを本能的に察したのだろう。パワーアタックをうたせないように、次から次へと噛みつきを繰り出し、しかしソウヤにいなされている。
――渾身の一撃はうてなくても……!
目や鼻などに打撃を叩き込めば、ヒュドラとて怯む。また連続攻撃のために時間差で飛び込んでくるヒュドラヘッドを、先頭のやつを殴って軌道を変えて、次に迫っている頭にぶつけてやったりした。
致命的一撃を避け、的確に打撃を与える。
集中力。
ソウヤの感覚は、勇者時代の凶悪な魔獣と戦った時そのものにまで研ぎ澄まされていた。複数の同時攻撃も目で見て、視野外の敵の動きは、肌で、感覚で見た。
側面や上方に回り込んでくるヒュドラの変化球的攻撃も、ソウヤは凌ぎ、時に足場にして回避した。
しかしヒュドラもまた、強力な再生力によって、与えられたダメージをすぐに回復する。一見すると、ソウヤの攻撃は意味がないようにさえ見えた。
持久戦だ。
そうなると、ソウヤの集中力も、いずれは限界がやってくる。
「おいおい、ミストォ!」
あとどれだけ時間を稼げばいい? と内心呟いた時、その時はきた。
「安心なさい。もう、終わったわ」
すっと霧のように現れた黒髪美少女。槍を手に跳ぶ姿は、さながら漆黒の戦乙女。
竜の爪を変化させた槍が、他の頭より後ろでピンと立っていたヒュドラヘッドの額を貫いた。
鮮血が、まるで花のように散る中、勝利の微笑みを浮かべてミストは、ヒュドラの後方へ飛び抜けた。
すると前衛を務めていた、つまりソウヤに挑んでいたヒュドラヘッドたちの圧力が小さくなった。
本体を失って力を失ったか? ソウヤはその隙を見逃さず、パワーアタックを繰り出し、手近な頭をひとつずつ潰す。
首がちぎれて飛んでいくヒュドラヘッドがあれば、地面にめり込み、動かなくなる頭もあった。
やがて、最後の頭も脳を叩き割られて絶命し、ヒュドラは血と咽せるような悪臭をまき散らして動かなくなった。
・ ・ ・
ヒュドラを倒した。
ソウヤは、ふっと力が抜けるのを感じて、その場に座り込んだ。
身体強化の効果が切れ、ついでに頑張りまくった結果、ドッと疲れてしまったのだ。ヒュドラの死骸を背に、ソウヤはアイテムボックスから魔石水筒を出して、水分補給。
集中力もごっそり持っていかれた。額に手を当てれば、汗がびっしりついた。体の至るで汗をかいていて、また少々かすり傷が見えた。
――なんかむず痒いと思ったわ。
ヒュドラを倒して静かになったかと思いきや、何やらうるさかった。顔を向ければ、冒険者たちが通路から躍り出て、歓声を上げていたり、抱き合ったりしていた。
「……呑気なものね」
ミストが、ソウヤのそばにやってきた。ソウヤは思わず水筒を差し出した。
「お疲れ。……飲むか?」
「ありがとう」
漆黒のヴァルキリーは、水筒を受け取ると口をつけた。ソウヤは、ヒュドラの死臭に顔を歪める。
「さすがだな。よく一発で仕留めてくれた」
「確証が欲しかったから、あなたにばかり負担をかけてごめんなさいね。あなたがリーダー以外の全部の頭に傷をつけて再生するのを見定めていたから」
「なるほど……。そりゃ中々難儀だったな」
ソウヤが、ひと通り全部のヒュドラヘッドをひっぱたかないとわからないわけだから。
「……後ろにいた奴は殴ってなかったんじゃ……?」
「そいつ以外は再生したからね。消去法よ」
なるほどなるほど――ソウヤが頷いた時、冒険者たちがふたりのもとへ駆けてきた。意外なことに先頭はセイジだった。
「ソウヤさん、ミストさん! 凄いですっ! ヒュドラを本当に倒してしまいましたよ!」
「ああ、本当にすげえよ、あんたたち!」
同じくやってきた冒険者たちから、口々に賞賛と驚きの声を浴びせられる。
そして喜びを露わにする冒険者たちと違って、難しい表情を浮かべたギルド長ガルモーニと、ベテラン冒険者ドレイクがやってきた。
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