第45話、さあ、どうするね?
銀の翼商会の串焼き肉とミソスープは、戦いに疲れ、空腹だった者たちの腹を満たした。
暗かった表情はすっかり和らいでいた。安堵する者、何故か泣き出す者など、それぞれ反応は違う。だが、もしゃもしゃと肉を食らい、スープを飲む音が木霊するようにソウヤには聞こえた。
――皆、疲れてたんだなぁ。
配膳をセイジに代わってもらい、顔見知りの冒険者たちに声をかけてまわったソウヤ。全員復帰とはいかないが、余力を取り戻したことで、ダンジョン奥を警戒する冒険者を交代で派遣できるようになった。
「さて、これからどうするね?」
Bランク冒険者だというドレイクという年配冒険者が、ギルド長であるガルモーニに問うた。クリストフやクラウスといったパーティーのリーダー、中堅冒険者らが、今後の方針について話し合っていた。
「エイブルの町ギルドは、王都からの援軍が来ないことには現状動かない」
ガルモーニが状況を告げると、冒険者たちは顔をしかめた。
「その援軍とやらが来るのはいつになります?」
それが重要な問題だ。ガルモーニが躊躇いがちに言おうとするが、口を開いたのはドレイクだった。
「まあ、最短でも十日前後だろうよ。たぶん、もっとかかるだろう」
五十代、白髪の交じった武人然とした体躯の冒険者は、見るからに経験豊富。頼れるベテランそのものといった態度だ。だがその彼も、渋い顔をしている。
「銀の翼のおかげで、息を吹き返したとはいえ、魔族やダンジョンのモンスターを相手に籠城などできんぞ。数日もたずに皆殺しだ」
ぶるっ、と何人かの冒険者が震えた。腹が満たされ、これまで忘れていた恐怖の感情が蘇ったのかもしれない。助かったと思った直後というのは、特に人は命を惜しむ。
「そうなると、手は限られる」
「うむ」
ガルモーニの言葉に、ドレイクは頷いた。
「何とかヒュドラを突破して、ダンジョンから一度脱出するしかない」
「でもどうやって!?」
冒険者のひとりが声を上げた。食べている連中が、その声に注目し、ドレイクは咳払いした。暗に声を落とせと言っている。
「脱出しようとヒュドラに挑んだ奴は、みんな奴に食われたんですよ……!」
その冒険者の発言に、打ち合わせに集まっている冒険者たちは首を振り、または肩をすくめた。ガルモーニは言った。
「だが決めないといけない。このまま魔族に後ろを脅かされ、じり貧で全滅か、ヒュドラに挑み、脱出の機会を窺うか」
「でも武器がない……!」
別の冒険者が口を挟んだ。
「これまでの戦いで、武器が壊れたり、なくした者もいる……」
――そりゃ魔族とやり合ったんなら、武器のひとつがなくなることもあるわな。
戦場でぶつかれば、武器は消耗品。今回は、ただモンスターと戦っただけではなく、武装した魔族とも戦闘したという。武器をロストする確率は高い。
「あー、それなら、うちの銀の翼商会で、ある程度用意できるぞ」
ソウヤが言えば、冒険者たちが驚いた。
「なに武器もあるのか?」
ドレイクの鋭い視線に、ソウヤは思わず気圧された。
「あぁ、ちょっとした魔法なんだけどな、レンタル業務を始めようと思ってたんだ。いわゆる、こういう戦場で武器を失った冒険者向けにな」
「そいつは初耳だ」
ガルモーニが皮肉げに眉を吊り上げた。ソウヤは苦笑する。
「そりゃ、言ったのは初めてですからね。そもそも会ったのは、今日が初めてでしょ?」
少し前から考えてはいたのだ。
「どんな武器かは見てみないとわからんが、とりあえずその問題は解決かな」
ドレイクが頷き、ガルモーニに向き直った。
「あとは、どうヒュドラを突破するかだが――」
「……ソウヤさん」
話を聞いていたソウヤの袖を、ひとりの冒険者が引っ張った。見れば弓使いのジムだった。
「おう、生きていたのか。よかった」
そのジムは、他の者に聞こえないように小声で言った。
「ここにいる全員を、アイテムボックスに入れて脱出ってできませんかね?」
「……ああ、名案だな。あとはオレが、あのヒュドラを避けて、ダンジョンの外に出られれば全員逃げられる」
「あ……」
ジムはそこで押し黙った。そしてすぐ首を横に振った。
「駄目ですね、全員アイテムボックスに入っても、ソウヤさんがやられたらその時点で出られないから全滅だ……。すいません」
「いい線いっていたと思うぞ」
本当は、他のメンバーに極力、人を入れられるアイテムボックスの秘密を守りたかったから、乗り気ではなかったが。……最悪、その手もあるにはある。
「まあ、アイテムボックスにヒュドラを放り込む手もあるが……」
「え……?」
キョトンとするジムを無視してソウヤは考える。
「放り込んだはいいが、結局どこかで出して、ぶちのめさないといけないしなぁ……。やっぱ、さっさと倒したほうがいいか。……おい、ミスト」
「ここにいるわよ」
すっと、彼女はソウヤのそばにやってきた。
「話は聞いていただろう? ヒュドラってさ、複数あるうちの頭のどれかを叩けば、倒せるよな?」
「種類にもよりけりよ。逆にひとつだけ不死身で、後は倒せるって奴もいるけど……あれはレアケースね」
さすが霧竜、竜やその亜種には詳しい。
「今回のアイツは?」
「まあ、炎属性を持ってはいるけど、不死身ではないでしょうね」
ミストは、通路の向こうから聞こえるヒュドラの咆哮に顔をしかめた。
「本当、耳障りな声」
「あいつはドラゴンの中でも美声とはほど遠いらしい」
ソウヤのジョークに、ミストが笑った。
「ちなみに、勇者のソウヤさんは、ヒュドラとの対戦経験は?」
「二回かな。仲間と協力して、当たりの首を切り落とすまで頑張る簡単なお仕事」
なお猛毒を吐いてきたので、実はいうほど簡単ではなかったりする。
「ひとつだけ再生しない首があったんだよ。他は何度やっても復活したのにな。その再生しない首をやったら終了……っていうパターン」
対戦した二匹とも、それで勝った。
――まあ、あの時は聖剣があったが、今はないしなぁ……。
「あのヒュドラもそうだとすれば、そこまで難しい話ではないわね。ソウヤが向かっていって、突っ込んでくる頭をひたすら叩く」
「それにはオレもかなり力を入れないと装甲で弾かれそうだな。だけど、パワーアタックでぶん殴っても再生される。……オレは何回それを繰り返せばいいんだい?」
「ワタシが、当たりの首を落とすまでよ」
「見分けがつくのか?」
「いいえ。残念ながら、ワタシでも見分けはつかないわ」
でも――と、そこでミストは意地の悪い笑みを浮かべた。
「たぶん、あの頭の中でひとつだけ挙動が違うのがあると思うのよ。特に傷つけられる可能性がある敵と戦う場合はね……」
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