第38話、セイジのポーション作り
王都ポレリアで一泊ののち、早朝には王都を出て、東へ向かう。
コメット号を運転するソウヤは、後ろの荷台にいるセイジを一瞥した。
「そういや、セイジってさ、どこでポーションの作り方を習ったんだ!?」
バタバタと風が吹く中、大きな声で問う。
セイジは、多少の薬剤心得があった。彼の数少ない持ち物の中には、ポーション製造用の器具があった。昨日のプトーコス氏の護衛を治療したポーションも、元はセイジが作ったものだ。
「僕は孤児院育ちですが、運営している人間の中に薬作りが得意な老婆がいましてー!」
「ほー、その人に教わったのかい!」
「そうなんです!」
その人って、元シスターだったか、あるいは魔女だったのではないか、とソウヤは思った。
「孤児院じゃ、運営資金の調達をするって言って、よく薬草採集をやっていましたー」
「そこで色々な薬草に触れたのね」
ミストの言葉に、セイジは「ええ」と頷いた。
「それで、僕はポーション作りを手伝っていたんです。だから、ある程度は作ることができます」
「それは立派な特技だな! 頼もしい!」
ソウヤは褒めた。
セイジが運び屋として所属していた前のパーティーでは、主に荷物運びと雑用をこなしていた。足りない予算をやりくりし、ポーションなどの回復薬も自前で作って補ったりしたという。
「昨日のポーションも、よく効いたな!」
「それなんですけど、僕が作ったポーションにあんな回復力はないはずなんですよ!」
セイジが怪訝な顔で言った。
「たぶん、ミストさんに入れろって言われた液体が効果を上げたと思うんです」
「あれ、よく効いたもんなァ!」
「あのポーションに加えた水はいったい何です?」
ミストの入った風呂の残り湯――と本当のことを教えたら、何て顔をするだろうか。
「何だと思うー?」
「わかりませーん!」
セイジは即答だった。
「どこかの教会で清めた聖水でしょーか!?」
「だってさ、どう思うミストぉー!」
「聖水ではないわね」
風になびく美少女姿のミストの黒髪。
「ワタシ、教会とやらに行ったことないのよねぇ」
「……だってさー、セイジ!」
「ますます、わかりませーん!」
「あはははー!」
笑って誤魔化すソウヤ。聞かれたって教えない。
「ただ効果はあるんだろうー?」
「はい! 普通のポーションだったのが、ハイ・ポーションか、それ以上に効いていたようです!」
「ハッ! そいつはすげぇ!」
「でもソウヤさん、あれをポーションの値段で売るのはやめたほうがいいと思います。あの効果では安すぎて、それを人が知ったら買い占めようとかしてくるかもしれません」
――ミスト湯、すげぇ……。
さすが、再生力に優れ、強力な魔力を秘めているドラゴン。その血や涙を入れたポーションが奇跡を呼ぶとかいう噂もあるだけに、汗が染み込んだ湯もバカにできない。
取っておけ、と言っていたミストが、やたらドヤ顔を披露中。
「銀の翼商会の商品としても使いたいな!」
「素材さえあれば、作ります!」
任せてください、とセイジは胸を叩いた。――人間、特技があるというのはいいことである。
・ ・ ・
さて、ポーションと一口に言っても、多種多様だ。そもそも水薬という意味である。
セイジは、初歩的なポーションをある程度作ることができる。怪我を治癒する回復ポーションや、毒消し、腹痛や頭痛に効くポーションなどなど。
昨日のプトーコスの護衛たちに使ったのは、回復ポーションだ。
ミストの残り湯を入れた特製ではあるが、ベースはセイジが日頃から作っていた初歩ポーションである。
サラザンスルート、一つ目キノコ、ブラオブラッドの葉を、清らかな水を入れた釜に適量を投入して煮こみ、できた液体が、セイジの作る回復ポーションだ。
ブラオブラッドの葉から出る青い成分のせいで、青色の液体となっている。特に魔法的な処置がされていないので、効果のほども劇的ではない下級品である。
が、これにミスト湯を加えたことで、その含まれた魔力が薬効を増強した上級ポーションが出来上がった。
街道脇にコメット号を停め、晴れた空の下ピクニック気分で休憩中。横になるソウヤの近くで、魔石コンロの上に釜をおいて、ポーションを作っているセイジ。ミストは大あくびをして、のんびりまどろんでいる。
「……ほんと、目ん玉みたいな模様だな、そのキノコ」
ソウヤは、セイジが切り刻んでいる一つ目キノコを見やる。上から見ると、目玉の化け物みたいに見えるのが一つ目の由来だ。外敵を威嚇する類らしい。
「毒はないんですけどね、見た目はアレですけど」
セイジも苦笑する。
「魔石水筒の水は、ポーションを作るのに都合がいいですね。綺麗な水を確保するのって、案外難しいんですが」
「魔石から直接水を作っているからなぁ。ま、不純物は混ざることはないだろ」
飲める水である。その辺りの川とか池から水を汲んでも、腹を下したいのでなければそのまま飲まないほうがよい。
「それに加えて、この謎の液体ですか……」
ミスト湯の入った桶から、カップ一杯分の水を取るセイジ。
「強化剤の一種なんでしょうけど……なんで秘密なんです?」
「世の中、知らないほうがいいこともあるのだよ、セイジ君」
ソウヤは他人事のように言うのだ。
「しかし、ポーション一杯分に、少量のアレの水で上位ポーション並みなのか……。清らかな水の代わりにその桶の水を使ってポーションを作ったら、どうなっちまうんだろうな?」
適当な思いつきを口にする。セイジは笑った。
「きっと、凄い効果のポーションができるんでしょうね。少し混ぜただけであれですからね。原液そのもので作ったら、そりゃあもう――」
言いかけ、真顔になるセイジ。ソウヤも怖い顔になる。
「やるか?」
「やりますか?」
どんなポーションができるのか興味が湧いてきた。もしかしたら、ソウヤが探している瀕死の人間すら癒す究極ポーションができてしまうのではないか……?
「究極ポーション……!」
期待に目を光らせる二人に、空を見上げていたミストが口を開いた。
「いや、さすがにそこまでは無理でしょー」
からからと笑い声が響いた。
「まあ、その程度なら問題ないけど、あまりに濃すぎると、予測できないトンデモ変化とかしちゃうかもよー」
「……」
それはさすがに――ソウヤはドン引きである。
ドラゴンの力を甘く見てはいけない。利用しようと走って、ロクなことにならないのは、人と竜の関係を見れば想像がつくというもの。
ミストはソウヤに好意的だが、こういうのは珍しい例なのだ。――でもまあ、汗くらいは試してもいいと思う。
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