第36話、個別販売ルート


「話は変わるけどさ、ロッシュ。俺、行商やるんだけど、何か欲しいもんある?」


 ロッシュヴァーグ工房の休憩所。ソウヤが聞いたところ、主であるロッシュヴァーグは自身の髭を撫でた。


「ふうむ。素材も酒もあるしのぅ……。あぁ、ダンジョン産の希少鉱物とかあれば欲しい」

「希少鉱物ね。ミスリルとかオリハルコンみたいな」

「そうじゃな。そういう金属は中々、市場に出ないからのぅ。出ても高いし」

「見つけたら、持ってくるよ。市場の値より安く提供できると思う。その代わり、期限は期待しないでくれよ」

「お主自ら潜るからじゃろう? 勇者にしたら、そこらのダンジョンなんぞ近場の裏山みたいなもんじゃろうて」


 ロッシュヴァーグは茶をすすった。


「酒は足りてる?」

「わざわざ行商から仕入れんでもあるぞい。まあ、そこらで手に入らない貴重で美味い酒があるなら別じゃがのう」


 ドワーフの酒好きは有名だ。常日頃から充分に確保しているのだろう。


「話を戻して、魔石はどうだ? ダンジョンに潜ってるから、いくつか売れるぞ?」

「おう、いいのぅ。物によるが、後で見せてくれ」


 ロッシュヴァーグは頷いた。


「ダンジョン産か?」

「もちろん。直接採集したものだから、これも安く売ってやる」


 採集のための人件費とか、ソウヤ自身なのでそこまでかかっていない分、お値引きできるという寸法だ。


「ソウヤよ、ダンジョンに行くなら、捨てられた武器とか手に入らんか?」

「手に入るよ」


 むしろ、それを売り物にしているくらいだ。


「でも、武器作りが本職のあんたが、よその武器を欲しがるのは意外だな」

「壊れてもいいやつが欲しいんじゃ」

「ストレスの発散か?」


 ソウヤが冗談めかせば、ロッシュヴァーグは目を回してみせた。


「他人が作ったものでも武器は武器じゃ、粗雑には使えん」


 ドワーフの武器職人は、工房を指さした。


「うちの若い連中に、武器の修繕をやらせたい」


 詳しく聞くと、若手の武器修繕の技量アップと経験獲得に、その練習台が欲しいということらしい。


「上客の修繕依頼は、元が高価なものもあるが、生半可な腕の奴には任せられんからのぅ。師匠の技術を見て盗め、とはよく言うが、実際にやらせてみんことには上達もせん」


 確かに、とソウヤは思った。言って聞かせ、させてみせて何とやら、と言うし。


「さっき、武器の注文が増えたと言ったじゃろ? それらの武器が何に使われるかは知らぬが、事と次第によっては武器の追加生産と、修繕の増加が予想できる。それまでに若い連中を少しでも使えるようにしておかんと、いざという時に対応できなくなる」


 どこかで何かとドンパチすること前提の話だが、ロッシュヴァーグはそう見ているということだ。彼の予想があっているかは定かでないが、そういう注文があるならば、答えるのが商人というものだろう。


「わかった。アイテムボックスに入ってるが、モノは見るかい?」

「おう、見せてくれ」


 正直、売り物としてはどうかな、というレベルのボロ武器も回収している。アイテムボックスが容量無限なのをいいことに、とりあえず取っておくか精神で拾ったのが原因だ。ミストからは、それうちゴミ溜めになるのでは、と指摘されていたが……。ほうら、使い道があっただろう!と叫びたい。


 そんなわけで、ロッシュヴァーグに、ダンジョンで拾った武器や防具などを見せる。


『……ふむぅ、これは酷い。次に硬いもんとぶつかったら、ぽっきり折れておるわい』

『錆を落として磨けば、まだ全然使えるの』

『刃が欠けとるのぅ。ふむふむ、これはまたよい教材じゃわい』


 などと、ソウヤに言っているのか独り言なのか、いまいちわかりにくい言葉を呟くロッシュヴァーグ。


 一通り吟味したところで、ドワーフの名工は提案した。


「なあ、ソウヤよ。こういう修理が必要なものをタダでくれんか? その代わり、こっちで使えるようにして、お主にタダでやるから」

「……それって――」


 タダでと最初に言われた時、一瞬ムッとしたが、後半の部分を聞いて思い留まった。

 彼の提案は、不良品を新品とは言わないまでも売れる商品にタダで修繕してくれるということだ。


「売った後の金は?」

「お主の好きにせい。こっちは若手の修練ができるし、そっちは、不良品が売り物に売れて、しかも元より高く売れる。どっちにとっても悪い話ではなかろう」

「修理代とか、材料費とかそっちがマイナスだと思うが?」

「うちの半人前が一人前になるために必要な投資と思えば、そう悪くはあるまい」

「そういうことなら、こっちは異存はない」


 ソウヤは口元に笑みを浮かべたが、すぐにはたとなる。


「でも修理したやつは、この工房で売れば元もとれるし金になるんじゃね?」

「素材がどこの誰とも知れない奴が作ったものじゃぞ? それをうちの商品として売れるわけがないじゃろ!」


 怖い顔で言い切るロッシュヴァーグである。――確かになぁ、今のは愚問だった。


 かくて、銀の翼商会とロッシュヴァーグ工房で、今後も取引が行われることになった。


 回収した不良武具を、ソウヤがロッシュヴァーグ工房に提供。同工房は若手の教育の一環としてそれら不良武具を修繕、銀の翼商会に返す。売り物レベルになって返ってきた武具を、ソウヤは銀の翼商会の商品として販売する。


 また、これとは別に希少鉱物や魔石など、ロッシュヴァーグ工房が必要とするなら、それらを銀の翼商会が調達して売るという、個別販売も取り付けた。


 持つべきものは友人である。



  ・  ・  ・



 ロッシュヴァーグと話が終わり、ソウヤはミストたちに合流した。


 二人とも、工房の品をじっくり見ることができたと収穫はあったようだった。セイジは機嫌もよく、職人たちが武器を作る工程に、ただただ感心したようだ。


「やっぱり剣とか、格好いいですね。一流の冒険者だと絵になるんだろうなぁ」

「あなたも一流の冒険者とやらになればいいじゃない」


 ミストに言われ、セイジは頭をかいた。


「なれるでしょうか……」

「頑張りなさいな」

「そうだぞ、ガンバレー」


 ソウヤもエールを送る。その日は王都で休むことを決めて、適当な宿に宿泊することにする。部屋はひとつだけ取った。後はそこからアイテムボックスに入って、そちらで過ごせばいいのだ。


 夜までどう時間を過ごそうか、となった時、ミストがセイジを鍛錬に誘う。


「稽古をつけてあげるわ。あの工房で武器を一通り見てきたから、あなたの使いたいサイズの武器を出せるけど、好みはあるかしら……?」


 ――ん?


 いま、ミストは何と言ったか? ソウヤは眉をひそめる。


「そういやお前、やたら熱心に商品みてたけど、あれ何だったんだ?」


 ドラゴンにもウィンドウショッピングの趣味でもあるのかと思ったが。ミストがとてもの楽しそうな表情になった。


「ふふん、ワタシが見ていたのはね……これよ!」


 パンと彼女が手を叩くと、空間から突然、一本の剣が出現した。

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