第35話、最初はみんな素人
ロッシュヴァーグ工房は、今日も景気よく金床を叩く音が響いている。ドワーフの名工の弟子たちが額に汗を流して作業を進める。
熱気と息が詰まりそうな集中力。そんな中、ミストとセイジは、工房作の武器が陳列されている棚に行って、そこでここの弟子から説明を受けていた。
プトーコスの雑貨店でもそうだったが、ここでもミストは何やら真剣な目で武器を凝視している。セイジは、おそらく武器の値についての情報集めをしていると思われる。
一方、ソウヤとロッシュヴァーグは休憩所でくつろいでいた。
「最近どうだい?」
「まあ、ボチボチじゃな」
ロッシュヴァーグはカップの茶を飲む。
「お主は眠っておったから知らんだろうが、魔王が倒れてから魔族の連中も急激に弱体化した。戦争は終わり、ここ数年、武器の需要が減った」
「戦時需要ってやつだな」
戦いがあれば、それだけ武器が必要になる。また使っていれば壊れるのも然り。平時とは比べものにならないほど、大量の武器が使用され、そして消耗するのだ。
「平和になれば、そこまで大量に作る必要もなくなる。戦時にはあれほどいた武器職人も、かなり減ったわい」
「でもあんたは残っただろう?」
ソウヤは工房を見やる。勇者時代、行動を共にした時はあまり群れたがらなかったロッシュヴァーグだったが、なかなかどうして大勢の弟子を抱えている。
「あの魔王討伐とそれに関係する戦争で名が売れたからのぅ。お主と行動した腕利き職人ということで生き残れた口じゃ」
「またまた、ドワーフが謙遜かよ」
笑うソウヤに、ロッシュヴァーグは真顔で首を横に振った。
「作るのはな。じゃが、それ以外のところはワシはトンと疎いからのぅ。工房の仲間たちのおかげじゃ。それがなければ、転職を考えねばならなかったかもしれん……」
「……あんたも苦労したんだな」
しみじみとしてしまうソウヤ。ロッシュヴァーグは肩をすくめた。
「まあな。ようやく需要と供給がトントンになって、職人たちも落ち着いてきてはいる。戦争はなくとも、武器の需要はあるもんじゃからな」
「魔獣が徘徊している世界だもんな。そりゃ武器は必要さ」
だから武器職人が、必要なくなるなんてことは絶対にないと言える。
「そういえば、ソウヤ。需要の話で思い出したが、最近、何やら武器の注文が増えているらしい。うちの工房だけじゃない。王国の武器職人の界隈で」
「……穏やかじゃないな」
ソウヤは顔をしかめた。最近の武器の注文がそこかしろで増えている。それは――
「どこかと戦争でもするつもりかね?」
「どこかで反乱が起きたとか、隣国と不仲とか、その手の噂は聞かん。じゃが、ここのところ、魔獣による被害が増えているという話もある。噂じゃと――」
ロッシュヴァーグは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「魔族の連中が動いているかもしれん、と」
「……魔族」
苦虫はソウヤにも伝染した。魔王は倒した。だがその配下、つまりは魔族がまだよからぬことを企んでいるかもしれない。
――そういや、ミストのいた霧の谷にも魔族が入り込んでいたな……。
「魔王の復活」
「なんじゃと!?」
思わず立ち上がるロッシュヴァーグ。ソウヤはヒラヒラと手を振った。
「魔族の、魔王軍の残党が動いているなら、そういうのもあるかもしれないってことさ」
「うむぅ……」
ロッシュヴァーグは腕を組んで腰を下ろした。
「今のところ、証拠はないということじゃな」
「注意する必要はあるだろうな」
重苦しい空気が漂う。金属音を叩く音が工房に響く。
どれくらいそうしていたか、ロッシュヴァーグはガリガリと頭をかいた。
「まあ、魔族のことはこの際、置いておこう。……それで、お主、行商になったとな?」
「ああ、銀の翼商会」
「『黄金の翼』が懐かしく感じる名じゃのう」
笑うロッシュヴァーグ。
「しかし、何でまた?」
「色々なところを見て回りたかった、っていうのはある」
勇者時代は、ゆっくり観光している余裕はなかった。魔王討伐のために、また窮地の民あれば救わんと努力した。
「平和になった今、オレのアイテムボックスが活かせる仕事って何だろう、って考えた結果でもある」
「それで行商か?」
ロッシュヴァーグは肩をすくめた。
「お主、商人はド素人じゃろ?」
「似合わない?」
ソウヤは真顔になる。
「人間、誰しも最初は素人だよ。オレだって、最初から勇者だったわけじゃねえし」
この世界に召喚されるまでは、ちょっと力がある以外は、ただの高校生だった。
「歳をとってから始めても、遅すぎるってことはないと思うがね」
「そうさな」
ロッシュヴァーグは頷いた。
「いや、ワシは生まれてこのかた、職人以外の道など考えたことなかったからのぅ。本当のところはよくわからん。他の職に就いたとして、上手くやっていけるとは思えん」
「失敗することはあるだろうよ。でも人生ってのはそういうもんだろ?」
たとえ天職だろうが、何もかも上手くやれるということもあるまい。ミスだってあるだろう。
「何か自分以外の理由で続けられないってことになるまでは、失敗したとしても、やり続けていいと思う」
ううむ――ロッシュヴァーグは顎髭に手を当てて考え込む。ソウヤは言った。
「生き残った分、しっかり生きていかないとな」
「……そういえば、お主のアイテムボックス……まだ中には瀕死の者が?」
「いるよ」
「聖女もか?」
「ああ……」
ソウヤのアイテムボックスに保存されている死亡寸前の人たち。その中に、某国の聖女様も含まれる。魔王討伐の旅で致命傷を負ってしまった彼女を救うには、奇跡が必要だった。
「行商になった理由のひとつだな。秘薬を探して手に入れる機会を増やす」
「というと?」
「奇跡の回復薬とか、エリクサーとか、その手の情報を商人サイドから得られればと思っている。あるいはそれらを手に入れた奴から、大金払って買うことも商人ならやりやすくなるだろう?」
「金が欲しければまず商人に売ろうとするもんじゃからのう」
「冒険者でもよかったかも、と思ったが、冒険者がエリクサーの買い取りとかって、何に使うんだろうって怪しまれるかなって」
なるほどなるほど、とロッシュヴァーグは納得した。ソウヤは意地の悪い顔になる。
「そういうわけだから……ロッシュ、どこかでエリクサーの噂とか聞いたことない?」
「そんな簡単にわかれば苦労はせんわい」
「……だな。じっくりやっていくしかないよな」
雲を掴むような話だ。ソウヤのアイテムボックスに保護している重傷者は、もう十年もそこにいる。できれば早く復活させてあげたいが……。
――俺も昏睡から目覚めて、浦島太郎だったけど、中の連中もそうだよなぁきっと。
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