第34話、古い友人に会いにいった


 

 ソウヤたちはプトーコス雑貨店を出た。

 

 わざわざ表まで見送ってくれたプトーコスは「またの来訪をお待ちしています」と手を振ってくれた。

 彼がご機嫌なのは、契約のほかに、雑貨店でソウヤが買い物をしたからだろう。


 アイテムボックス内の家で使う家具などを正規価格で購入。ご恩があるのだからと無料で出そうしたプトーコスだったが、ソウヤは首を横に振った。


『これは売り物ではなく、オレたちが私用で使うものだから、きちんとお金を払います』


 プトーコスは、とても気に入ってくれたらしく、ソウヤ自身も今回の交流は悪くなかったと確信した。


 王都に家や拠点がないので、商業ギルドには入れないが、プトーコスは王都商業ギルドでもそれなりの位置にいるらしいので、よいパイプを持てた。


 ともあれ、これでセイジの部屋だけでなく、アイテムボックスハウスも、殺風景さから解放されるだろう。


「ああ、そうだ、プトーコスさん。……エリクサーとか、瀕死の人を回復させられる秘薬とか、そういうものの噂って、聞いたことあります?」

「エリクサー、ですか……」


 プトーコスさんは考え深げに眉をひそめた。伝説の秘薬、一説には不老不死だとか、どんな病気や怪我も癒やすという奇跡の薬。


「いいえ、私は聞いたことがないですが……」

「そうですか。ありがとう。お元気で」

「よい旅を。神の加護あれ」


 さて、ソウヤたちは王都の北側にある職人街へと歩いていた。ドワーフの名工、ロッシュヴァーグに会いにいくためである。


 ミストが、ソウヤのアイテムボックスから出した串焼き肉を食べ歩きしながら言った。


「かつての仲間なんでしょう? 会って大丈夫?」

「ロッシュは寡黙だ。オレに会ったからってどうこう騒ぐような奴じゃないよ」

「でもあなた、十年前に死んだことになってるんでしょう?」

「公式ではな。だけど、かつての仲間たちは、オレが昏睡したままで、まだ生きていると思っているんじゃないか……?」


 どういう風に知らされているのかはわからないが。


「まあ、仮に生きていたからって、誰かに告げ口することはないさ」


 あのー、と後ろをついてきているセイジが口を開いた。


「そのロッシュヴァーグさんとは、仲がよかったんですか?」

「うーん、悪くなかったと思う」


 あまり喋らず、武器や素材に触っているばかりで、根っからの職人だったから。


 やがて、目的地に到着した。表にまで響くは金属をハンマーで叩く音。工房が近い場所に集中しているせいか、色々な音が耳に届く。


「騒がしい場所ね」


 ミストがその形のよい眉をひそめた。ソウヤは、思ったより大きな工房を見やり、つかつかと敷地内に入っていった。

 工房の奥では十数人程度いて、ハンマーの音が連続している。てっきり一人か、多くて二、三人程度の工房をやっていると思っていたソウヤは少々面食らっていた。


「ごめんくださーい!」


 大きな声で来訪を告げれば、工房の職人だろう若い男が手ぬぐい片手にやってきた。


「あ? どちらさん?」

「銀の翼商会だ。オレは、ソウヤと言うんだが、ロッシュヴァーグさんはいるかい?」

「商人さんか? 親方にご用?」


 そこで男は眉間にしわを寄せた。


「商人……ってふうにも見えんな、あんた」


 言われてみれば確かに、ソウヤの格好は傭兵か冒険者にしか見えない。


「兼業で冒険者もしてる」

「なーる。兄さんガタイがいいもんな。……で後ろに可愛いお嬢ちゃんと、見習い小僧ってか。わけわからんな」

「で、ロッシュヴァーグさんはいるの? いないの?」


 ソウヤは問うた。男は腕を組んだ。


「んー、銀の翼商会ねぇ、聞いたことないけど、親方に何の用なんだ? 武器の依頼か?」


 なんでおたくに言わないといけないんだ――と一瞬思ったソウヤだったが、別に苛つくようなことでもないからと背筋を伸ばす。この男も、ソウヤたちの素性を知らないから、警戒しているのかもしれない。


「古い友人が十年ぶりに会いにきたってところだな」

「へえ、兄さん、うちの親方の知り合い?」

「大親友……とまではいかないが、共に死線をくぐった仲なのは間違いない。……あ、ひょっとして今、武器打ってたりする?」


 鍛冶は重労働。力を使うし、何より高い集中力を要する。その大事な作業中に来客があったからと、おいそれと中断するわけにもいかない。いくら友人だからと、アポなしで行ってすぐに会えるものでもないのだ。


「……いや、今日は親方は打ってないな」


 男は顎に手を当て考える。ソウヤは内心、胸をなで下ろす。


「そうか、じゃあ、親方に声をかけてくれよ。『あんたの作った武器を持ったソウヤって男が十年ぶりに会いにきた』ってな」


 ソウヤはアイテムボックスから斬鉄を出して、男に渡す。


「重いから気をつけろ」

「おっとこいつは……うぉっ、マジで重いな」


 ソウヤが片手で渡した斬鉄を、男は両手でようやく持ち上げる。


「ドワーフのハンマーかい、これ?」

「んー、知らない? 一応、剣なんだが……まあ、いいからロッシュの親方にそいつを見せて聞いてこいよ。オレらここで待ってるから」


 という感じで、ソウヤは男が工房の奥に消えるのを見送った。待っている間、ミストとセイジに「王都観光でもしてくるか?」と言ったが、二人ともここで待つという答えだった。


 その時間を利用して、ソウヤは、これから会うロッシュヴァーグの話をした。十年前の冒険の時の彼の仕事ぶりや武勇伝などなど。


 かれこれ五分くらいして、工房のほうからドタドタと足音がして、それが近づいてきた。懐かしい足音だ、とソウヤは笑みを浮かべた。


「お出ましだ」

「おおーい、ソウヤァー!!」


 ダミ声が工房から響いて、一瞬、鉄を打つ音がかき消えた。現れたのはずんぐり体型のヒゲもじゃドワーフ。


 低身長ながら横幅があって、がっちりした体。ドワーフ男性の基本であるもっさり顎髭を生やし、老人にも見えるその男は、まさにファンタジーのドワーフそのもの。


「ロッシュ!」

「おおーい、生きとったかワレェ!」


 ロッシュヴァーグは、ソウヤの斬鉄を肩で担ぎドタドタとやってきた。そしておもむろに斬鉄を振り回し、ソウヤに叩きつけようとして、当のソウヤが手でつかんだ。


「殺す気かよ、おっさん!」

「バァカめ! お主がワシの一撃で死ぬわけがなかろうが!」

「いやいや、当たったら、死ぬからね! オレ、不死身じゃないから!」


 受け止め損なったら、大惨事で済まないやりとり。ミストとセイジはポカンとして、それを見守っている。


「改めて、よう生き返ったのぅソウヤ」

「いやだから死んでないから! 昏睡状態だっただけで」

「長い居眠りじゃったの。おかげで世間様は、お主のことをすっかり忘れてしまったぞ!」


 ガハハっと笑いながら、ロッシュヴァーグはソウヤの肩を叩いた。親愛のこもったそれだが、ドワーフは得てして力が強いので、結構痛い。


「死んだことになってるからな。忘れてしまったなら、別にそれでもいいんだ……。ただいま」

「お帰り、友よ」


 かつての戦友との再会に、ソウヤとロッシュヴァーグは拳を付き合わせた。

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