第33話、商品を吟味したり、お話ししたり


 プトーコス雑貨店。奥へ進むソウヤたちは、衣服を扱うコーナーに差し掛かる。


 ――服か。やっぱもう何着か買っておいたほうがいいかな。


 案外、外で活動しているから、バリエーションが少ない。アイテムボックスがあるから、替えを何枚も持っていても困らない。特に、セイジは持ち物が少なすぎるから、ちゃんと下着の予備も複数もたせるべきだろう。


 不思議なのはミストなのだが。――あいつ、服の替えどうしているんだ? 同じに見えるけど、いつも綺麗なんだよなぁあれ。


 そのミストは、黙って服をひとつひとつ丹念に眺めている。まるでどういう構造になっているのか解析するかのように。


 ――まさか手作りするとか? いやいや、ミストだぞ? ドラゴンが編み物するか?


 ちょっと想像できないソウヤだった。


 続いて、小物コーナーへ。さすがファンタジーで魔法のある世界の雑貨。魔道具が複数置かれていた。身を守る護符やアクセサリーもあれば、運勢を上げるというちょっと怪しいものもあった。


「お守りグッズは、地方や王都から出かける人に好評なんですよ」


 プトーコスが言った。


「うちが取り扱っている護符は、一回の使い捨てですが防御魔法が発動して身を守ることができるので、いざという時のお守りとしてよく売れるんですよ」

「どういう人が買うんですか?」

「中堅以上の冒険者の方とか、商人の方、あとは戦う力のない普通の人たちですね。町の外は魔獣がいますから、保険が欲しいんですよ」


 使い捨てだから、魔道具としてはお安いほう。


「これ、いいですね。辺境集落では需要あるかもしれない」

「あると思いますよ。行商の方が結構まとめて買われますから」


 それは自分を守るためでは――と思ったが、それなら使い捨てではない魔道具を買ったほうがいいから、普通に商品としてか。


 ソウヤはプトーコスと話し合いながら、さらに奥へ。すると斧やナイフなどの刃物が陳列されているコーナーにきた。


「武器……じゃない、工具類ですか」

「一応、武器もありますよ。まあ、素人がゴブリンとか獣を追い払う程度で、一流の戦士の方が使うような代物ではありませんが」


 プトーコスの言うとおり、日用的に使うナイフや薪割り用の斧だったりと、武器屋と違って剣や槍などはない。


「こういうのも、商品として持っていれば売れそうだ」

「アイテムボックス持ちか、隊商でもなければ数は持っていけないですからな。……ところで――」


 プトーコスが横目で、じっと斧を吟味している美少女を見やる。


「ミストさんは、先ほどから物凄く品を観察しているようですが……いつもああなのですか?」

「……いや、どうなんでしょうね」


 ソウヤも首をかしげる。


「こういう店にくること自体、滅多になかったので、オレにもこれが彼女の普通なのかわかりません」


 何せドラゴンだもの! ドラゴンだもんな! ――と心で二度呟く。ドラゴンがあんなに物をしげしげと見るなんて聞いたことがない。


「それはそうとして、この辺りのナイフ、出来がいいですね」

「おお、わかりますか! そうなんです、王都でも有名な職人の作もあるんですよ」


 そういうと、プトーコスは手を広げた。


「魔王が倒れて十年、この国もかなり平和になりました。それまでは魔王やその軍勢と戦う戦士たちのために武器を作る職人も多かった」


 武器というのは消耗品だ。兵の数と同数作ればいいというものではなく、戦争ともなれば大量の武器が作られ、そして消費される。


「ですが平和になった結果、武器の需要が減りまして……。時間を持て余した職人が武器以外のものを作るようになったのです」


 とはいえ、完全に武器を作る仕事がなくなったわけではない。魔王とその魔族がいなくなっただけで、相変わらず世界には魔獣がいて、冒険者など武器を日常的に使う者たちも少なくない。


 結果、戦争あるなしに関係なく、それなりに需要は存在する。


「特にこれなどは、かのドワーフの名工、ロッシュヴァーグ氏が作った物――」

「ロッシュヴァーグだって!」


 その名前に、思わずソウヤは声が出た。プトーコスはニヤリとした。


「はい、あの有名なドワーフの名工の作です!」


 ――そうか、ロッシュが……。


 ソウヤが驚いたのは、名工云々ではなく、勇者時代の仲間の名前が出たからだった。魔王討伐の旅で、仲間たちの武具のメンテや補修で助けてくれたドワーフのベテラン職人だ。なお、ソウヤが今も使っている調理道具なども、彼に手伝ってもらって作ったものだったりする。


「ロッシュ……ヴァーグ氏は今どうしているかご存じですか?」

「この王都で鍛冶屋をしておりますよ。魔王討伐で活躍し、恩賞を与えられたのですが、今も武具職人と続けていらっしゃいます」


 プトーコスは首をひねった。


「ロッシュヴァーグ氏のことで、何かあるんですか?」

「いや、オレも一度お会いしておきたいな、と思いまして……勇者マニアなものなので」


 と誤魔化しモードのソウヤ。勇者好きな人間なら、その勇者のかつての仲間にも関心があって当然と言える。

 プトーコスは微笑した。


「そうですか。……あー、ただロッシュヴァーグ氏は、かなりの難物で有名な方ですから、気をつけないと。軽い気持ちで会いにいって、工房から叩き出されたって話もあります」

「ドワーフですからね。まあ、叩き出されたって奴は迂闊なことを言ったんでしょう」


 何を言ったかは知らないが、ロッシュがその阿呆をぶん殴る様を想像するのは容易かった。


「場所はわかります?」

「もちろん、プトーコス雑貨店で付き合いのある方ですから。でも、気をつけてくださいね」

「ご忠告感謝します」


 その後、ソウヤはプトーコス雑貨店と商品の販売契約を結んだ。


 アイテムボックスの容量が大きいので、かなり持ち運べるということで、取り扱う品の数も数十点に及んだ。


 仕入れ金額は、プトーコス雑貨店で販売している価格の約半額。つまり、正規価格で売れれば、仕入れ金額と同額分がソウヤの儲けとなる。


 ちなみに、プトーコス雑貨店への代金の支払いは、売れた場合のみという形になった。売れるまでは支払いは発生しない。売れなかったもので、ソウヤが不要と判断すれば、そのまま返品するという形となる。


「これ、オレが持ち逃げしたら、あなた大損ですよ?」

「まあ、その時は私の見る目がなかったと諦めましょう」


 プトーコスは余裕綽々だった。


「命を救ってもらったお返しをしようとしたのに、お求めになられないから。まあ、盗られた時は、お礼の代わりだったと思えばいいわけですし」


 助けたことで、かなり気をきかせてくれたようだ。本当なら先にお金をもらっておくべきだろうに。


「それに、次の商品を我が雑貨店から仕入れる時があれば、何が売れたかわかるでしょうし」


 売れてないものを仕入れたりはしない。二度と姿を見せないでもない限り、再度仕入れ手続きなどをした時に、黙っていても見当がつくというわけだ。信用されている――いや、これは試されているのかもしれない。


「商人は信用が第一ですからね」

「まさに。私はあなたを信じていますから」


 ――もし裏切ったら、オレはたぶん王都近くで商売できなくなるんだろうな……。


 ソウヤはそう受け取った。

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