第27話、丸焼き亭に行ってみた


 その日、ソウヤとミストは、エイブルの町で有名なモンスター肉を出す料理屋に行った。……なおセイジは訓練に頑張り過ぎて、今はお休み中。


 赤レンガの建物と冒険者ギルドで聞いていたが、その一軒しか赤レンガ壁の建物がなかったので、すぐに見つけることができた。


 扉を開けたら、肉を焼く音が耳を刺激し、熱気が肌を撫でた。店内にうっすら靄のようなものがかかっている。肉を焼いた時の煙だろう。煙草臭はなく、ただただ鼻孔を肉の香りがくすぐった。


 店内にはお客が席を埋めていて、そのほとんどが荒くれ冒険者のようだ。……客層がワイルドである。


「あら、いらっしゃ~い!」


 濃厚なおか――おネエさんがやってきた。腕っ節強そう。


「お兄さん、逞しい体してるわね。お連れのお嬢さんも可愛いわ。ようこそ、丸焼き亭へ」


 かろうじて空いていたテーブル席へ案内された。愛想を振りまくこのおネエさん。……絶対、前は冒険者やっていただろうと思う。


 ソウヤは切り出した。


「モンスター肉を出していると聞いたんですが」

「あら、話を聞いて来てくれたの~? 嬉しいわ。ここのところ、モンスター肉が入荷しているから食べられるわよ。と、言っても人気商品だから、種類は選べないけど」

「いいのよ。モンスター肉って美味しいものね。わかるわ」


 ミストがいえば、おネエさんが手を叩いた。


「あらわかる? お嬢さん、モンスター肉のよさを知っているなんて、いい子だわ~」


 ――そりゃ、その子、肉が主食だもん。普通の人間より肉食ってるよ。


 おネエさんが注文をとって去って、待つことしばし。ジャイアントリザードの尻尾肉のステーキをウェイトレスさんが運んできた。


 ジャイアントリザードは元々の体が大きいので、一部分だけ切り分けて皿に乗っているとトカゲ肉だとわからない。


 焦げ目のついた肉は中々食欲をそそる香り。味付けは見たところ塩と、コショウっぽいのがかかっているが、この世界のコショウは高級品だから、たぶん別のものだろう。


 さて、肝心のお味は――クドくなくて、さっぱりした味わい。噛むたびに肉汁が広がって、口の中いっぱいに幸せが満ちる。


 調理はシンプル。しかし肉の状態や焼き加減ひとつで大きく味が変わる、つまり腕の良し悪しがはっきり出るのがステーキだ。


 この店は当たりだ――ソウヤは満足する。目の前ではミストも同様に肉を食べていたが、どうにもすっきりしないお顔。


「どうした?」

「うーん、悪くはないのだけれど……物足りないわ」


 ――うちの肉食様は美食グルメ評論家か何かだろうか?


「ステーキタレが欲しいわ。ソウヤ、出して」


 特製ステーキタレが、ミストのマイブームなのかもしれない。ソウヤは自然と眉間にしわが寄った。


 ――気持ちはわからなくもないが、いいのかなぁ、勝手に持ち込んだ調味料使っても。


 ステーキはシンプルだが、美味さを引き出すのは結構奥深い。プロの料理人が作ったであろう、ステーキに素人が介入していいものかどうか。塩とコショウもどきの味で出せる最大限の味付けに、喧嘩を売るようなことにならないか……。


 店の人に聞けばいいか、とソウヤは思い、近くを通ったウェイトレスさんを呼び止めた。


「すみません。うちの娘が、このステーキに自分好みのトッピングをしたいと言うんですが、いいですか?」

「あー、いいんじゃないですか。――てーんちょー!」


 ウェイトレスさんが、周囲の雑音に負けないように大きな声を出した。おかげで他のお客の目も集めてしまうが、例の濃いおネエさんがやってきた。


「どうしたの? カイエちゃん」

「こちらのお客さんが、料理にトッピングしていいですかって。問題ないっスよね?」


 割と大ざっぱな口調。元の世界だと接客マナーがどうこういい出す輩が出るんだろうな、とソウヤは密かに思う。この世界ではこれが普通。


「ああ、そういうことね。問題ないわ。カイエちゃんは仕事に戻って頂戴」

「はい、てんちょー」


 おネエさん、この店の店長だったらしい。


「ハァーイ。逞しいお兄さんと、可愛いお嬢さん。トッピングしたいっていう話だけど、もちろん構わないわ。……でもちょっと聞いてもいい? 味つけ、気に入らなかったかしら?」

「いえ、この肉、とても美味しかったです。料理人の腕がいいんですねぇ」

「そう、お口に合ってよかったわ。お嬢さんは?」

「ええ、悪くないわ」


 ――そこはよかったで、いいんじゃねーの?


 半眼になるソウヤをよそに、ミストはおネエさんに小首をかしげる。


「でも、もっと美味しくなると思うのよ。ワタシはそのタレを使って、よりこのお肉を堪能したいの」

「そういうことなら、どうぞ。……ちなみにどんなトッピングか、見せてもらっても?」

「ソウヤ」


 ミストが促すので、ソウヤはバッグから特製タレの入った瓶を取り出した。おネエさん店長が見守る中、ミストは特製ステーキタレをトカゲ肉にかけた。


 ナイフで切り分けた一口サイズの肉を口へと運び、咀嚼そしゃく


「んー、甘いわ、やっぱりこれよー!」


 美少女の表情がこれ以上ないほど、とろけた。ああ、もうこんな顔するから、言うこと聞いてしまうんだ――ソウヤは何とも言えない顔になる。


 おネエさんも興味津々だ。


「美味しそうね。お嬢さん、私にも一口ちょうだい」

「いやよぉ、これはワタシのよ!」


 ガンと自分のものと主張して譲らないミスト。彼女が人に自分の肉を譲ることなどあるのだろうか。

 ソウヤは苦笑する。


「じゃ、オレの分をどうぞ、玉ねぎ、ニンニクが少々と、ショワの実から絞った液などで作った特製のソースです」

「いただきます」


 おネエさん店長が切り分けた肉をお上品に一口。


「――あらぁ! 何これ何これ! とっても美味しいわ!」


 店長の目が光った。


「ショワの実ですって? 甘辛くて……この口にくるのはニンニクね。香りもいいわ。これ売っているの?」

「自家製なんで、たぶん他ではないです。ただ、買いたいって言うなら、売りますよ。これでも商人なんで」


 ニヤリとするソウヤ。おネエさん店長が、さらに一口、タレ付きステーキを食べる。


「ぜひ買いたいわ! でも、あなた、商人だったの? てっきり冒険者かと」

「兼業です。冒険者もやってますよ。ソウヤです。えーと――」

「アニータって呼んで」

「どうもアニータさん。せっかくのお近づきですし、お時間がよろしい時に商談でもしませんか?」

「ええ、ぜひに。あなたさえ、よければ今すぐにでも……」


 そう言って熱っぽい視線を絡ませてくるおネエ――アニータ店長。


「オレもそうしたいですが、せっかく店で出してくれたステーキが冷めてしまいますから」


 ミストはすでに食べ終わる気配だが、ソウヤはまだ食べかけがそれなりに残っている。……あと何気にミストが、ソウヤの分の肉も狙っている目をしていた。


「あら、私としたことが、ごめんなさいねぇ。じゃ、食べ終わったら、別室で商談といきましょう。閉店まで待たせるのも悪いから。……よろしいかしら?」

「ええ、それで結構です」


 じゃあ、また後で――席を立つアニータさん。


「ごゆっくり」

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