第28話、丸焼き亭と交渉
ソウヤがステーキを腹におさめた後、約束どおり、店の奥の事務所にて商談が始まった。
なお営業中なので、外では肉が焼ける音、客の歓談、行き交う店員や食器の音が聞こえる。
「実は、ここ最近、丸焼き亭さんのクエストをやってたのオレらなんですよ」
「まあ、あなたたちだったの? おかげでモンスター肉が在庫で持てて、それ目当てのお客様も喜んでいらしたわ」
アニータ店長はご機嫌だった。モンスター肉は、主にダンジョン産のため、冒険者が狩ってくるのだが、安定した供給とはほど遠いのだという。
第一に運べる量。第二にダンジョンという危険場所。欲張ってたくさん運ぼうとしても、そこを別のモンスターに襲われ、結局肉をダメにしてしまうことも珍しくない。何せ肉を運んでいるのだから、血の臭いに誘われたヤツらの格好の獲物となってしまうのだ。
「でもモンスター肉は美味しいからね。一度食べたら病みつきになるから、捕るのが難しいからってやめるわけにもいかないわ」
「わかるわ」
うんうん、とミストが頷いている。ソウヤは、目的を果たすことにした。
「そこで、今後、オレたちが定期的にモンスター肉をこの店に卸しましょうか? 銀の翼商会は、色々なモンスター肉を仕入れていて、その販売先を探しているんですよ」
「銀の翼商会……?」
「つい最近、できたばかりのオレたちの名ってやつです」
冒険者としてのパーティー名は「白銀の翼」であるが、商売のほうでは、ちょっと変えようと考えた。商人をやっているつもりなのに、パッと名前を出した時に「冒険者の」と言われると、足元見られそうな気がしたのだ。
その結果が『銀の翼商会』だ。
名乗ったばかりなので、聞いたことがないのは仕方ない。が、肝心なのはそこではない。
「直接取引ね。でも、銀の翼さんは、モンスター肉の安定供給が可能なのかしら?」
口だけでは何とでも言える。新手の詐欺かもしれない、と警戒されても、これまた仕方がない。何せ、ソウヤは見た目が完全に冒険者で、商人らしさがないのだから。
「ええ、心配はごもっとも。これはうちの秘密だから、あまり大きな声で触れ回られると困るのですが、オレはアイテムボックスを持っているんですよ」
秘密を自らバラしていくスタイル。もちろん、ワザとだ。
「冒険者を兼業していると言いましたが、ダンジョン産のモンスターは、倒したやつから片っ端からアイテムボックスに入れるので、丸ごとお渡しもできるんですよ」
「アイテムボックス! 確かにそれなら、運べる量が段違いよね」
アニータが顎に手を当て考え込む。第一の輸送量に問題はクリアである。
「あなた、冒険者ランクは?」
「Dです。ただ、最近ギルドに入ったばかりで、まだランクは低いですが、腕には自信がありますよ」
とっておきのお肉を、アイテムボックスから取り出して、机の上にドーン!
「ベヒーモスの肉はご存じで? Aランクモンスターの――」
「はああああああっ!」
アニータが目をひん剥いて、机の上の肉塊に取りついた。
「マジで!? ホントに! ウソォー! ホントにベヒーモスじゃない!? 凄いわ、これあなたが狩ったの!?」
「は、はあ……」
「買う! 買うわ! このお肉、売ってちょうだい! 専属契約でも直接取引でも何でもいいわ、契約しましょ! 銀の翼商会と契約するぅー!」
「……は、はい。話が早くて助かります」
あまりの店長の豹変ぶりに、さすがにソウヤも引き気味だ。おネエ店長の声が聞こえたのか、事務所に店員さんがやってくる。そこでようやくアニータも平静になる。
「卸値もあるし、細部を詰めましょう。ついはしゃいでしまったけれど、銀の翼さんが、どれくらいのモンスター肉を卸せるかにもよるから――」
・ ・ ・
そのままトントン拍子に直売契約を結んだ。
これまで冒険者ギルドにクエストを出すことで、モンスター肉を仕入れていた丸焼き亭。だがモンスターの量も種類も限定され、不定期仕入れだった肉が、ソウヤの銀の翼商会が絡むことで、安定供給が可能となる。
ソウヤとしては、倒して保存していたモンスターの肉を処理してお金になる、つまり販売先が決まったのだからありがたい。
現状、ミストという肉食の大食らいがいるが、ここ最近の仕入れの結果、肉が山となっていたのだ。アイテムボックスのおかげで、肉も腐らないので在庫も有り余っている。
何より、冒険者ギルドを介さない取引なので、クエストの仲介料を取られない。アニータにとっては、依頼料より少ない額で肉を仕入れることができる。ソウヤもギルドに仲介料を取られない分で儲けが若干増える計算だ。
「銀の翼商会の値段設定が良心的で助かるわぁ」
アニータ店長も絶賛。ソウヤは答える。
「輸送でコストがかからない分、人件費とか経費がかかっていないですからね。お安く設定しても、損はしていないわけで」
アイテムボックス様々。これを普通に人間でやったら、雇った人員分の給料とかダンジョンに行く危険手当とかで、お金がかかってしまう。そうなると、苦労の割に儲けが少なくなる、ということもあり得た。
だが銀の翼商会は、ソウヤとミスト、そして先日加わったセイジのみ。しかも大抵のモンスターは元勇者とミストにとって雑魚でしかなく、『危険手当? そんなもんいる?』なお話になる。
セイジには危険手当も給料も出すが、ミストにいたっては美味しいものが食べられればそれでいいと、お金に価値を抱いていなかった。
――まあ、仮に何か買いたいとか、お金をくれと言われたら出してあげよう。
美味しいお肉を料理して提供することが、彼女のお給料である。
さて、丸焼き亭と契約が終わり、さっそく初回の取引が終了。次回の受け渡しは一週間後となる。
ソウヤたち銀の翼商会は、予定どおり、行商ルートの開拓に向かう。
その前に、移動時に旅人へ販売する品として、お手軽料理を仕込んでおく。本格料理である必要はないので、お手軽キャンプ飯が参考になる。
ソウヤが作ったのは、豚肉と野菜のスープと、串焼き肉。例によってアイテムボックスハウスで作り、そこからさらに収納用アイテムボックスに、できた料理を入れる。……マトリョーシカみたいだ。
時間経過なしのボックスに収納したので、取り出すまで料理はできたてホヤホヤ。腐らないので、いくら作っても無駄にならない。売れなければ自分たちの食事やおやつにすればいいのだ。
とりあえずご挨拶代わりの商品は用意したので、あとはルート開拓で、どこにどういう物を求めている人がいるのか探る。要は聞き込みだ。それで用意できるものがあれば、次回以降に取引すればいいのだ
「さあ、行くぞ、お前ら!」
出発の日、ソウヤが声を張り上げれば、「オー!」とミストがノリよく応えてくれた。一方のセイジは慣れないのか苦笑している。
「それで、ソウヤさん。週一で丸焼き亭さんと取引があるなら、あまり遠くへはいけないですよね?」
「ん? どうかな? 移動だけならコメット号があるから、結構行けるぜ。何せ道中何もなければ、ここから王都まで、二時間もかからないんじゃないかな」
「たった、それだけで!?」
乗り物の浮遊バイクが、どれほどスピードが出るのか知らない故に、セイジは目を剥いた。初見の反応としたらそんなものだろう。
「ま、次の取引に戻るまで、全部は無理にしてもそこそこ見て回れると思うぞ」
いざゆかん、顧客開拓へ!
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