第24話、白銀の翼
勇者時代、ソウヤたちパーティーは『黄金の翼』と呼ばれた。王族の命名ではあるが、案外気に入っていたりする。
アイテムボックスには、勇者パーティーの証として作られた金の片翼の紋章が今でも大切に保存されている。
「『白銀の翼』にしようと思う」
「いいんじゃない」
ミストは深く考えることなくそう言った。一方のセイジは不思議そうな顔になったが、特に反論はないようだった。
「いいんじゃないでしょうか」
「そうか? じゃ、それで決まりだ」
そうとなれば、早速、セイジが今泊まっている宿を引き払って、色々と足りないものを用意しよう。
ソウヤとミスト、そしてセイジは冒険者ギルドを出て、この運び屋少年が利用していた安宿へと歩く。
その道中、ミストがそっとソウヤに小声で聞いた。
「で、彼にどこまで教えるの?」
「……アイテムボックスのことは言うよ」
どうせ物の出し入れをすればわかることだ。
「ただし、生き物も入れられることは、お互い信用を重ねた後だな」
いきなり全てをオープンにするつもりはなかった。アイテムボックスにしても、あくまで制限があるように装う。
パーティーを組んだはいいが、それで全てうまくいくとは限らない。馬が合わない、ということがあって、やっぱり辞める、なんてこともあり得る。
――元の世界じゃ、就職二日目で出社しなかった、なんて新卒の話も結構あったしな……。
バイトに採用されたけど即辞めた奴の話も聞いたことがある。
さて、そうこうしているうちに、目的の安宿に到着。見るからにボロいその建物は、とりあえず寝れればいいや程度で、他のサービスは期待できそうになかった。
よっぽど金がなかったんだなぁ――セイジに同情しつつ、ソウヤたちは中へ。別に泊まりにきたわけではないので、セイジの荷物を回収する。
「といっても、ほとんどないんですけど」
セイジは自嘲した。ポーター用の大きな背負い鞄ひとつに肩掛けカバンが二つ。あとは彼が身につけているレザーアーマーと護身用のダガー、ベルトポーチ。炊事用の鍋と愛用コップ、ポーション製作道具類。
「ポーションが作れるのか?」
「一番大したことないやつなら。自分で作れたら調達費の節約できるかと思って」
聞けば、与えられた予算が必要としている物資の量に届かない分しか渡されないこともあり、あれこれやりくりしていたらしい。……涙ぐましい努力をしていたようだ。
――いいね、自家製ポーションも商品のラインナップに加えられるかも。
などと考えたソウヤは、ここを引き払う前に、セイジの目利きのほどを見てみることにした。三人しかいないので、周囲の目を気にしなくていい。
商品として確保したモンスター素材や、薬草、キノコ類、魔石などなど。ここらではどれくらいで売買されているか、セイジの経験を見る。
「ジャイアントリザードの鱗、ホーンボアの大角……へぇ、状態がかなりいいですね。まるでついさっき仕留めたばかりみたいな」
――アイテムボックス内の時間経過無効エリアに保存しているからね、そりゃ新鮮さ。
しかし鮮度もわかるというのは、もう普通に鑑定できるレベルではなかろうか。
それだけ色々な物を見、接してきたのだ。彼は次々に商品に値段をつけて言った。どうしてその値段なのかと聞けば、説明もよどみなく出てきて、結果から言えば、セイジはソウヤの期待以上に優秀だった。
「これだけ出来て、何でセイジをクビにしたのかわからん」
「いや、これくらいしか、できなくて……」
「いや充分! というか値付けの参考になってメッチャ助かるわ」
ソウヤは心からそう思った。彼の裏方歴は伊達ではない。セイジのつけてくれた値を基準にして、場所や相手によって臨機応変にやっていく。基準があるのとないのとでは大違いだ。
そんな商品を的確に見てきたセイジだったが、その目が驚きに変わった。
「あの、ソウヤさん……?」
「何だ?」
「この素材ですけど……その――ベヒーモスだったり……?」
「おお、わかるのか!」
希少な品だが、どこかで見たことがあるようだ。
「それに……こっちのはドラゴンの鱗ですよね?」
「凄えなお前」
「いやいやいや、凄いのはあなたのほうですよ! 何でこんなものがあるんですか!?」
「そりゃお前――」
ソウヤが言いかけると、隣でミストが胸を張った。
「ベヒーモスはね、彼が倒したのよ。鱗のほうはね、もらいものよ。彼、ドラゴンと親しいの」
「え!? そうなんですか!?」
セイジの目が輝く。そういう視線に勇者時代に憶えがあるソウヤは、思わず顔を背けてしまう。……ミストは嘘をついていないのが、たちが悪い。
「ソウヤさんって、見た目どおり、凄く強い冒険者なんですね!」
「え、あぁ、まあな」
久しぶりの感覚に照れてしまうソウヤ。
「つっても、まだ駆け出しのDランクだけど」
「Dランク! いや、ベヒーモスはAランクの……あ、駆け出しって言ってましたね。凄いなぁ……僕とは大違いだ」
途端にセイジは肩を落とした。
「僕も、そんな強い冒険者になりたかった」
運び屋少年はため息をついたが、見ていたミストが口を開いた。
「なればいいじゃない」
「え……?」
「まだあなた十五でしょう? まだこれから強くなればいいのよ」
「十六です」
訂正するセイジ。
「でも、力もない、何か優れた能力もない……。僕は――」
力さえあれば――彼は唇を噛みしめる。三年間、ポーターを続けた。冒険者であっても戦うのが不得意で、他に生きる術がなかったから。
強い冒険者になりたかった、という言葉は、セイジにとって強い憧れだったのだろう。無理だけど、諦めきれなくて、冒険者をやって、でも変えられずにここまで来ている。
ソウヤはポツリと言った。
「オレが勇者になったのは十九の時だ」
「え?」
キョトンとするセイジ。ソウヤは続けた。
「それまでは多少筋トレとかしてたけど、モンスターと戦い出したのはその頃だなぁ」
「……」
「今から始めても遅いなんてことはないと思うがな。まあ、いきなり強くなるそうそうないから、じっくり鍛えて長いスパンでやっていかないとだけど……ん? どうした、セイジ?」
「勇者だったんですか!? ソウヤさん!」
今日一番のビックリ顔でセイジが詰め寄った。そこでようやくソウヤは自身の失言に気づいた。
励まそうと思ったところまでは実にソウヤらしかったが、うっかり勇者だと口にしてしまったのだ。
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