第25話、今後の前の景気づけ
勇者ソウヤは十年前の伝説だ。
セイジは当時六歳あたり。世間で『勇者様』の話題を耳にしても、よくわからなかった。実際に会ったことはなかったから、ソウヤの名前を聞いた時も、どこかで聞いたことがあるような、程度でしかなかった。
だが、魔王を倒した勇者が実は生きていて、目の前にいたのなれば話は別だった。
「僕は強くなれるでしょうか!?」
「何か身体的に問題があるならともかく、そうでないなら、本人のやる気次第だと思うが?」
「ソウヤさん!」
セイジは、まだ一段と近づいた。
「僕は強い冒険者になりたい。雑用でパーティーに加えてくれたのはわかっているんですが、僕も戦える冒険者になりたいんです!」
熱意を感じた。勇者は冒険者とは違うが、強く、魔物退治の英雄として尊敬されている。強さという部分では、冒険者も同じ。当然、セイジにとって勇者だったソウヤは、目の前に現れた目標であり理想のひとつと言える。
そして、そういう頑張っている、頑張ろうとしている人間には、ソウヤは弱かった。
「わかった。セイジがやるって言うんなら、オレも応援しよう!」
「あ、ありがとうございますっ!」
セイジは顔を真っ赤にして感謝した。それを見ていたミストは微笑する。
「素直なのはいいことよね。それで、セイジ。あなたはどんな冒険者になりたいの?」
「おう、それそれ」
ソウヤも頷いた。ただ『強い』というのは何を指しているのか。武器か、魔法か、それとも自身の肉体か、頭脳か。自分の思い描く理想のスタイルがあるのか。それをはっきりさせないと、何をどう手伝ったものかわからない。
そう聞いたら、セイジは黙り込む。何を目指しているのか、彼の中でも漠然としていて言葉にならなかったのだろう。憧れのままで、形になっていないというところか。
「理想というか……魔法剣士のようになりたいって思ってました」
恥ずかしそうにセイジが言った。
「魔法剣士か。魔法は使えるのか?」
「いいえ。……使ったことないですし、きちんと教わっていないので、無理ですよね」
「そりゃ使い方を知らなきゃ、使えないだろうな」
ただ、何となくソウヤは、セイジが典型的な『格好いい』冒険者像をイメージに持っていることを理解した。
「ちなみに剣のほうは?」
「先輩冒険者に教えてもらったりしたのですが、さっぱりで……」
しょんぼりとセイジは肩をすくめた。
「才能ないって言われました」
「まあ、そうでしょうとも」
ミストがきっぱりと言った。――だから言い方ァ! オブラートに包も?
「見込みがあれば、運び屋専属じゃなかったでしょうし」
「……ですね」
セイジも苦笑いだ。ミストは考え込む。
「自分に何ができるか、まずはそこからだと思うのよ。できないことをやろうとしても仕方がないから、まずは自分のできる範囲でスタイルを確立して、そこから理想に繋げていくのはどうかしら?」
「なるほど」
ミストが割と親身に助言している。言い方は多少アレだが、実にもっともである。セイジもそのあたりを感じたか、嫌な顔どころか相槌を打っている。
そんなわけで、この非力と思われる少年に、戦闘のイロハを教えつつ、何ができて、何に適性があるか見定めていこう。そこから最適な戦闘スタイルを見つけ、戦えるようにして、彼が理想としている魔法剣士とやらに近づけていく――という方針でいくことになった。
その日は、セイジが泊まっていた安宿を引き払い、俺たちの宿、もとい家へ。
・ ・ ・
「これから見せるのは魔道具なんだ」
前置きして、ソウヤはひと気のない場所で、アイテムボックスの入り口を開けた。
傍目には、突然、大気中にドアが開いたように見える。何度目かわからない絶句のセイジを連れて、ソウヤとミストはアイテムボックス空間の中へ。
人の入れるアイテムボックス、その一角に箱形の空間を作り、そこに箱形の家を立てた。某ゲームの豆腐ハウスのよう、と言えばわかりやすいか。
ここ数日、ダンジョン町で活動するにあたって、宿で泊まっていた。だが、アイテムボックス内で風呂に入ったり料理したりしていて、寝るためだけに宿泊費を払い続けるのはどうなんだ、と疑問に思ったのだ。
それならいっそ家を作ってしまえ!――と、アイテムボックス内にスペースを作って家をこしらえた。壁や天井は、具現化したアイテムボックスの木目デザインを流用。非常に簡素な家は、家具もほとんどないせいで、実際より広く感じる。
「あの安宿より綺麗だろ?」
皮肉を言うソウヤである。
「さっきも言ったが、ここは魔道具の中だから、広さや形はオレのほうで調整できる。たとえば、セイジ、お前がこの家の外のスペースで戦闘訓練しても、誰にも邪魔されない」
「魔道具の中に家なんて! 正直思考が追いついていかないです」
セイジはまだ驚いたままである。
「ダンジョンからのレアアイテムだよ」
伝説の財宝や魔法道具とか、そういうもののひとつ、と言えば、そういうものもあるんじゃないかと思えてくるのが、魔法などが存在する世界だ。
「風呂もあるし、セイジの個室も用意するから」
ソウヤはセイジを家の中へと案内する。
もっとも今は、玄関入ったらリビングがあって、ソウヤとミストの個室、キッチンがある。風呂場は裏手で、露天形式だが景色は殺風景な白壁なのでちっとも楽しくない。
アイテムボックスの持ち主であるソウヤが、適当に壁を押せばそのまま箱形の家は長方形に伸びて、さらにひと部屋を製作。
ちなみに箱形で作ると、特に苦労することなくあっという間にできる。名前に箱がついているからか、このアイテムボックスは箱形のものは簡単に作れたりする。
「すまんな。家具は後日、買い足そう」
「いえ、そんな! 部屋まで用意してもらえて、これで文句をつけたらバチが当たります!」
作ったばかりの空っぽの部屋。ソウヤはアイテムボックスの箱製作の容量で段ボールサイズの箱をいくつか作り、即席の椅子や机を組み立てた。
「……すまん、本当、みすぼらしくて申し訳ない!」
段ボール家具みたいで、何かかわいそうになってきた。
ともあれ、新たな仲間を加えて、その日はソウヤが料理した夕食を三人で摂った。モンスター肉とキノコの串焼き、猪肉の包み焼き、カボチャシチューなど。
「それじゃ、ルート開拓をしながら、ボチボチ行商のほうをやっていくから、明日からはその準備にかかろうと思う!」
で、今後の行商生活にの前に、まずは英気を養う。
「いただきます!」
「「いただきます!」」
ミストはもちろん、セイジもやたらと目を輝かせていた。聞けばここ最近、たっぷり食べた記憶がないとか。久しぶりの御馳走だったらしい。
「ソウヤさん、この料理、滅茶苦茶美味しいです!」
「お、おう。肉はいっぱいあるから好きなだけ食っていいぞ!」
「はい!」
泣きながら笑うとかいう器用なことをしつつ食べるセイジ。対してミストは、いつもの通り、遠慮の欠片もなく肉を頬張っていた。
――皆、笑顔で食事なら、それでいいか。
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