第10話、取引しようぜ


 勇者の魔導バイクは、十年前、かの勇者が魔王の城へ乗り込む前に修理に出されていた。だが、勇者は還らず、持ち主を失ったバイクは、とある貴族が保管していた。


 しかし、七年ほど前、その貴族の領地は財政難に喘ぎ、資金繰りのため、希少かつ高額な物を競売に出したのだという。


 そして勇者バイクは、この店の店主の父――前店主が競り落としたのだそうだ。


「動かないから、故障してるんだと思うけどね。親父は、勇者の大ファンだったらしいから、彼の形見として大枚はたいたんだと思う」


 その親父さんも、二年前に他界したらしい。


 ソウヤは瞑目した。たぶん直接会ったことはないが、自分を信奉していたらしいその人物には好感というか、どこか恩人めいたものを感じたのだ。


「まあ、正直、勇者様は凄いし、尊敬もするけど、さすがにここに置き続けてもね……。いちおう売り物だけど、動かないからって買い手もつかないし」

「壊れてるのかい?」

「死んだ親父曰く、勇者が乗ったら、凄いスピードで走ったってさ。馬より速いって自慢してたけど、おれは、そこ見てないし、買い取ってからも動かなかったからなぁ。……ニィさん、ひょっとして欲しかったり?」

「売り物だって聞いたが?」

「ああ、親父はずっと飾っておくつもりだったみたいだけど、その親父もいないし」

「なるほど」


 なら、俺がこれを買ってもいいわけだ――ソウヤは思ったが、同時に小さく苦笑した。元々は自分の愛車だったし、手放した覚えはないのだが。


 とはいえ、勇者としてやっていくつもりはないので、商人らしく交渉で手に入れようじゃないか。


 ソウヤとしても、町から町へ移動するための乗り物は欲しいと思っていたから余計にである。


 ちら、と店を見回す。魔獣素材を扱っている店というのはラッキーだ。何せ現金はあまりないが、おあつらえ向きの品がある。


「なあ、主人、物は相談なんだが、金はないが希少なモンスターの角があるんだが……ここ買い取りしてる?」

「素材ね、もちろん。ここはそういう品を扱う店だからね。見たところニィさん、冒険者だろう? 腕っ節が強そうだ」


 褒められているんだろう。冒険者ではないが、持ち上げられて悪い気はしない。こうやって客を持ち上げて、取引を有利にしようとしているのだ――というのは、勇者時代の仲間の立ち振る舞いから学んでいるソウヤである。


「何の角だい。さぞ、大物なんだろうねぇ……」

「ベヒーモスだ」


 ソウヤはアイテムボックスから、角を一本取り出す。長さは角猪に負けない二メートルクラス。独特の捻れがあるので、もし伸ばすことができるなら三メートルくらいにはなると思う。


「……」


 店主が固まっていた。じっと、ベヒーモスの角を見やり、点のようになった目をソウヤに向けた。


「た、確かにこれは、噂に名高いベヒーモスだ……! 一度取り扱ったことがあるからね! いや、しかしこれはまた立派な……。あんた凄いな!」


 店主は興奮気味にまくし立てる。その目は、角に釘付けだ。


「ちなみに、この一本だけか?」

「ちゃんと対の分はある」


 ベヒーモスは二本角。それも左右対称であることが多い。当然、商品価値としては、揃っているほうがいい。

 店主は顔をほころばせた。


「素晴らしい! ぜひ買い取らせてくれ!」

「ああ、ベヒーモスの素材は超貴重だ」


 Aランク魔獣であり、そもそも討伐例が少ないことで有名だから、売りようによっては一財産になるだろう。


「そこで相談なんだが、お金はいいから、このバイク、ベヒーモスの角で取引しないか?」

「バイクと角を……」


 店主の顔が曇る。おそらく、彼の頭の中でこの取引に利があるか、秤にかけているのだろう。


 ベヒーモスの角は希少だが、勇者のバイクはこの世界で唯一無二のもの。動かないとはいえ、店先に飾っておくことで、魔王退治の英雄と何らかの関係がある店という印象付けができる……というのは、ソウヤの考え過ぎかもしれない。


 迷い、考えているのが見てとれる。それほど悩ましいのだろう。客の前で、店主がガチで悩んでいらっしゃる。


「ソウヤ、やめておきなさいよ」


 ミストが唐突に口を挟んだ。


「その、バイク? 壊れてるんでしょう。ベヒーモスの角を売るなら王都のほうがいいわ」

「え……?」


 店主が口をあんぐりと開けた。ソウヤは苦笑した。――これもひとつのアシストかな?


「まあ、待て。……なあ、店主、ベヒーモスの角は実はもう一対あるんだが、二対、合わせて四本で、バイクと交換しない?」

「売った!」


 店主の反応は早かった。そのままギュッとソウヤと交渉成立の握手。


 それはそうだ。ミストが介入したことで、せっかく手に入りそうだった、ベヒーモスの角が、彼の元から消えてしまうところだったから。


 しかも、ソウヤはベヒーモスの角を四本提示した。店主が払うのはお金ではなく、店に飾ってあるオブジェとくれば、大金が転がり込む機会を見す見す逃すわけにはいかなかった。


 というわけで、ソウヤは、約束通り角を四本出した。店主に見てもらい、商品として上質なものと確認してもらった後、店内に置かれていたホバーバイクを受け取った。


「そういえば、あんた、アイテムボックスを持っているんだなぁ」


 店主が、どこか羨ましげに言った。ソウヤが持っているものは特別で超レアなものだが、この世には程度の違いはあれ、アイテムボックスが存在している。だから珍しくはあっても、まったくないわけではない。


「こいつは、オレの商売道具だからな」

「いいなぁ、商人なら誰もが欲しがる」

「……ダンジョンで拾ったら、売りにこようか?」

「ああ、もしアイテムボックスを見つけたら、売ってくれ。買うから」


 店主の熱のこもった言葉に、ソウヤは愛想笑いを浮かべて頷く。ホバーバイクを、アイテムボックスに収納。


「じゃあな、店主。ありがとうよ」

「何かいい魔獣の素材があったら、いつでも来てくれ。……ああ、そうだ。あんた、名前は? おれはグレイだ」

「……オレか? オレは――」


 立ち去りながら手を振る。


「ソウヤだ。また、そのうちな、グレイさん」

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