第11話、風呂と残り湯
魔獣素材店を出たソウヤとミスト。歩きながら周囲のお店見学をするソウヤに、ミストは不満顔で言った。
「ベヒーモスの角四本とガラクタを交換!」
「何だよ、やぶから棒に」
ソウヤは目を回してみせる。
「それに、ガラクタとは酷いな。あれでもオレの愛車なんだぞ」
「でも壊れているんでしょう? ガラクタじゃない」
「壊れているとは失敬な。見たところちゃんと修理は済んでいた」
「じゃあ、何で動かないのよ?」
「燃料がないからだろ。要するに魔力切れだ」
「魔力切れ」
そこで、何かがストンとはまったように、ミストはわかったような顔になった。
「じゃあ、動くのね。魔力を補充すれば」
「そういうこと」
ソウヤは認めた。ミストは意地の悪い笑みを浮かべた。
「よかった。あなたが取引で大損こいてるマヌケじゃなくて」
「ひどい言いようだな」
もっとも、今後そういうマヌケをやることもあるかもしれない、とはソウヤも思う。失敗だっていっぱいするだろう。
とはいえ、からかわれっぱなしというのも面白くない。
「ドラゴンに商売がわかるのかい?」
そもそもお金ないし、人間から何か買ったりする経験もないだろう。
「人間の商売についてはわからないことが多いけれど、取引ならドラゴンでもするわ。馬鹿にしないで」
あぁ、確かに――ソウヤは頷いた。ドラゴンだって、交渉や取引はする。十年前の旅で、魔法薬の材料に、竜の血がいるっていうので、ミストドラゴンと取引したのを思い出した。
「ねえ、ソウヤ。あなたを知るために聞くけど、そのバイクにベヒーモスの角四本と同等の価値があって?」
「正確な値段は聞いていなかったからなぁ。金額の話になると、案外損をした取引だったかもしれないな。ただ、今後の旅を考えたら、オレにとっては、ベヒーモスの角を引き換えにしても、お釣りがくるだけの価値はあったぞ」
何せ徒歩旅では難しい、移動時間の短縮手段を得た。時は金なり、タイムイズマネーというなら、この時間短縮はそれだけの価値を生み出す。
「ふうん、俄然興味が湧いてきたわ」
「おう、明日、町を出たら早速走らせるから、驚くぞー」
「今日は乗らないの?」
「町中で乗り回すのはちと危ない」
色々な意味で目立つし、バイクなんて走らない世界の町中など危なくて乗れない。交通事故は勘弁したい。
その後もひと通り社会見学を終えた後は、宿に戻った。
宿の一階は酒場兼食事処。夜になると客が増えるだろうから、その少し前に食べてしまおうということで、そちらで食事をとったのだが――
「不味いわ」
ミストは正直だった。
「味が薄い。肉の風味がするだけのスープとか、ただの水を飲んだほうがマシだわ」
「……まあ、調味料が少ないからだろうな」
野菜がドロドロに溶けたスープとライ麦パン。あとはソーセージ。現代だと好きなものを注文するのだが、こういう所で出てくる料理はほぼ固定だ。客が選べるのは、食べるか食べないかと、酒くらいだろうか。
「ソウヤ、あのステーキにかけたタレを出して」
「あれはソーセージ向けじゃないぞ」
むぅ、とミストはご機嫌斜めだった。
――オレと行動するまで、ほぼ生肉食ってたドラゴンが、グルメなことだなぁ。
ソウヤは、ひとり苦笑する。
しかし、確かに薄味過ぎるスープは、現代人の味覚には味気ないのも事実だ。少し慣れたから食べられなくはないが、積極的に食べたいと思うものでもない。
調味料のバリエーションが少ないこと、そして料理のレベルが現代のそれに達していない世界だからしょうがない。
元の世界の、中世と言われていた頃の料理とこの世界の今のレベルを比べたら、果たしてどちらに軍配が上がるのか。案外、いい勝負かもしれない。
――次からは、自炊したほうがいいかもしれんな。
霧竜のお嬢様が、これ以上ヘソを曲げても面倒だ。
――調味料や食材が確保できるなら、料理方面を開拓して商売にするのも悪くないかもしれないな。
ソウヤは、スープでふやけさせたパンをかじった。食パンが恋しい――!
・ ・ ・
宿にお泊まりしたはいいが、風呂がなかったので、ソウヤは部屋で風呂を作成。
といっても、アイテムボックスに入って、そこでお風呂である。人が入れるアイテムボックスならではの利用だ。
アイテムボックス作成の初歩である箱の作成。その巨大サイズを加工して湯船に。魔石水筒のお湯出しバージョンから、お湯を注いで、のんびり入浴。お湯が漏れてもアイテムボックス内だから、宿に迷惑はかからない。
とか、くつろいでいたら、ミストが入ってきた。
「はーい、ソウヤ。注目ー!」
「嫌だ。お前、一応女の子の姿なんだから、男に裸を見せようとするな」
「もう! 見てもいいのに」
「入るなら、まずそこの桶で、体の汚れを洗い流してからな」
「水浴びするのに、体を流してから入る生き物なんていないわ!」
などと言われた。――そう言われると、確かにそんな動物見たことないな。
「でも湯が汚れる」
「そりゃそうでしょうよ。水浴びってそういうものでしょう!」
異種族の習慣違いってやつだなぁ――ソウヤは納得すると、ミストにお風呂に入るマナーというものを語った。
もっとも、面倒とか、わけがわからないとミストにゴネられたが。
先に流してからじゃないと一緒に入らないとソウヤが言ったところ、渋々彼女は了承した。
――……一緒に入ってどうするつもりなんだ、このドラゴン娘は!
なお、ソウヤはミストと同じ湯船に浸かることになったが、彼女の体を見つめるということはしなかった。これでも紳士なのだ。本当は先に出ようとしたが、ミストに止められてしまった。
そのミストは、ソウヤの隣にきて肩を寄せ合うほどの距離だったが、それ以上のことはしなかった。性的な意味はなく、ただ一緒に風呂に入りたかっただけのようだった。
「ちなみに、だけどソウヤ」
「何だ?」
平常心を。何もしないし、してこないとはいえ、年頃の娘の姿をした存在が隣にいるのだ。ソウヤとて男だから、緊張してしまっていた。
「ワタシが浸かったこの湯、ドラゴンの汗が染みこんでいるから、飲んだら健康によくて、寿命も伸びるわよ」
「ぶっ――っ!?」
人の入ったお風呂の湯を飲むとか変態かよ!?――ソウヤは心の中で叫んだ。声に出さなかったのは、上位ドラゴンの汗や涙は、魔法薬の素材になることを知っていたからだ。
何を隠そう十年前にミストドラゴンと交渉して血をもらう時、とうのドラゴンが流血を嫌がり、ちょうど欠伸した時に涙が出てたのでそれをもらったことがあった。
魔法薬の材料的には、竜の血より涙のほうが希少価値だったらしく、依頼主からは大変感謝された。
「ドラゴンの浸かった湯も、売り物になるんじゃない?」
ミストがそんなことを提案してきた。ソウヤは考える。魔法薬の素材としてはありな気がするが……。
――いいのかなぁそれ……。
知らぬが仏な案件だと思うソウヤだった。
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