第9話、いわゆる社会勉強というやつ


 朝起きたら、ミストが見張りに立っていた。清々しい朝の空気。差し込む太陽の光は柔らかで、今日は天気もよさそうだった。


「あら、おはよう、ソウヤ」

「おはよう」

「結界があるからって、さすがに寝てしまうのはどうかと思うわ」


 腰に手を当てて、美少女の姿のドラゴンは、ソウヤを見下ろした。


「何かあったか?」

「何かあったか、ですって? ええ、何もなかったわよ。よかったわね、何もなくて」


 聞けば、ミストはソウヤが眠りに落ちた後、ずっと起きて見張りをしていたらしい。結界があるから大丈夫だとソウヤは言ったが、ミストはチッチッチ、とたしなめた。


「慢心は禁物よ。最強のドラゴンだって、負けることはあるのよ」


 今のはドラゴン的ジョークの類いだろうか。あるいは訓話か。最近、霧の谷で魔王の残党に襲われたから、そのあたり過敏なのかもしれない、とソウヤは思った。


 ともあれ、顔を洗い、朝食の支度をして腹ごしらえ。――しかし、ミストのやつは肉しか食わねえな。


「野菜食えよ、野菜を」

「……」


 そんな恨みがましい目を向けないで欲しい。ソウヤは、保存しておいた野菜を切って手作りドレッシングをかけたが、手を出してもらえなかった。――絶対食わず嫌いだと思うんだがなぁ……。


 食事の後は皿や調理器具を洗って、キャンプ道具一式をアイテムボックスに収納。そして出発だ。



  ・  ・  ・



 メーヴェリング――それがその町の名前だった。


 街道に沿ってソウヤとミストがたどり着いた町は、城壁に囲まれていて、外部からの魔獣や夜盗の侵入を阻んでいる。

 入るには城門を通る必要があり、番兵の審査をパスしないといけない。


「そういや、オレ、いま身分を証明できるもん持ってねえわ」

「奇遇ね、ワタシもよ」


 ミストは笑った。――いや、お前はドラゴンだから、むしろ身分証明できるもの持っていたら驚くわ!


 町へ入るための審査の列に並ぶ。戦士風の人間は、傭兵か冒険者か。行商風の人間や荷物を背負った農民らしき者の姿もある。


 その中にあって、ドレスを着た美少女であるミストは、大変に浮いていた。並んでいる連中の無粋な視線に、ひょっとして機嫌を悪くするのでは、と思ったソウヤだったが、ミストは笑顔で手を振ったりと、すっかり猫を被っていた。


 ――ドラゴンって、結構上から目線っていうか、態度デカいんだけど、意外と器用な真似もできるんだなぁ。


 感心したあと、列の人間たちを観察することしばし、自分たちの番がきた。


 身分を証明する物の提示を求められたが、何も持っていないことを審査官である番兵に告げる。


 何故メーヴェリングに来たのか聞かれたので、王都へ向かう途中の休憩地点だからと答えた。一応、商人か冒険者になろうと思って、と言ったら、番兵から笑われた。――なんだよ、悪いか?


 ちなみにミストは、ソウヤの従兄弟の娘と名乗り、べったり腕を組んで仲良さをアピールした。


 ――たぶん、オレを不審者とか、若い娘を誘拐しているとか思われないようにしているんだろう。気が利くな、本当。


 中に入るために銀貨二枚。二人で四枚を要求された。身分証がないから、割高なのだが、入れないよりはマシである。素直に払ったら、軽い身体検査の後、町への入場を許された。


 城壁の中は、三角屋根の家が立ち並んでいた。石壁模様のせいで、どこか無機的で頑丈そうではあるが、お洒落感がない雰囲気だった。


 昼間だけあって、人の姿は多い。


「さて、まずは宿を探そう」

「滞在するの?」

「うん? ああ、明日には出るつもりだけど、夜はきちんとしたところで寝たいしな」

「それまでは?」

「社会見学だ」


 行商として商品を扱うにしろ、相場とか店とか、『今の』商売の役に立ちそうな知識を集めようということだ。


「この世界を旅して、それなりに見てきたけど、もう十年も経っているからなぁ」


 見る、そして考える。元の世界で商売の経験はないが、色々見てきたという自負はある。勇者時代の経験は、元の世界にいた頃より遥かに社会勉強をさせてもらった。


 というわけで、町の人に宿の場所を聞いて移動。可もなく不可もない感じの宿で、まず手続き。部屋に空きがあったので、すんなりそこに決まった。


 なお、部屋はひとつだけとった。ミストがソウヤにくっついて、断固同じ部屋にとアピールしてきたからだ。別に何かするわけでもないし、ソウヤも受け入れた。むしろ目を離したら何かトラブらないか心配だった。


 何せミストドラゴンさんは、人間社会に疎い。余計なことになって面倒を抱えるのは御免蒙る。


 置く荷物もないので、部屋の確保が済んだら、町にお出かけ。


 広場の露店へ足を運び、商人たちの様子を眺めたり、売っている品と値段を比べて、金銭感覚を養っていく。


 クレア、アンドルフのいた村のも見てきたから、扱う商品の違いや、同じものでも場所によって違う値段の理由について考えたりした。


 露天からその他の店へ。魔獣や夜盗が割と出没する世界だからか、当然のごとく武器や防具を扱う店があって、近くの鍛冶屋からは金属を叩く音が響いている。


「へぇ……」


 魔獣の素材を扱っている店があった。仕留めた魔獣の角とか皮とかを得て、コレクターなどに売っているようだ。角猪の二メートルにもなる巨大な角とか、巨大蟹のハサミや甲羅とか、黒色熊の毛皮などもあった。


 魔獣素材も商品にする予定のソウヤとしては、これはぜひ見ておきたい。ということで店の中へ。


「……って!」


 ソウヤは、魔獣商品が並ぶ室内の端に、デンと鎮座しているものを見て、思わず声に出た。


 近未来チックなバイクのようなものが置かれていた。いや、バイクのようなもの、ではなくバイクだ。


 この世界の古代文明時代に作られた魔法機械で――


「いやあ、いらっしゃい。やっぱり初見さんは、それに目が行くよねぇ」


 店の店主だろう。四十代そこそこの男性がやってきた。頭髪が薄く、少々腹回りがたっぷりあるが、顔つきはどこか愛嬌がある。


「これ、十年前に勇者様が魔王討伐の旅で使っていた魔道具なんだよ」

「……ソウヤ?」


 ミストが視線をソウヤへと向ける。そうとは知らない店主は「そうそう」と頷いた。


「ソウヤ、勇者ソウヤ! 魔王と相打ち、壮絶な最期を遂げたという伝説の人さ!」

「……」


 ――その、何か言いたげな目で見るの、やめてくれるかミストよ。


 ソウヤは、決まり悪く顔を逸らした。


 ――乗り回しておりましたともさ。勇者時代に。


 タイヤはついているが、どちらかと言うとホバーバイクというべき代物で、魔力によって稼働する。ソウヤ以外にも操れるはずなのだが、この世界の人間はどうも肝を潰すようなスピードに慣れなかったらしく、結局ソウヤ専用という扱いで使っていた。


 魔王の城へ乗り込む前、故障して修理に出していたため、お供に連れていけなかったのだが……何故、こんなところにあるのだろうか?


「なあ、ご主人、つかぬ事聞くが、これどこで手に入れたの?」

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