第8話 旅立ち

 月を背に、闇夜の逃避行。


 追手の一人でも来るかと思ったが、引き止める者は誰も居ない。


 大海へ漕ぎ出した二隻は水底の砂に埋もれようと。


 たとえ矮小な存在だと罵られても。


 それでも構わないのだ。


 独りではないのだから。



「しっかし、あまりに考えなしに飛び出したな。いきなり野宿か」


「のじゅくー」


「……気楽だなぁ」


「ぼく、いつもおとうさんとしてたもん」


「そうなのか。しかし流石にそれは……おや」


 渡りに船と、小さな明かりが見える。



「こんな夜分にどちら様かな」


 年経た男が独り、顔を出す。


 その雰囲気から、ひと目で竜族だと気付く。


「ええっと、俺は青竜族のレンって言います。こっちが赤竜族のマダレ。もし良かったら――」


「ああ、構わんさ」


 言い終わるより先に快諾した。



 それから彼は何を尋ねるでもなく、ただ温かいスープとわらを敷いた寝床を提供してくれた。


「……悪いひとでは無さそうだけどな」


 頭に手を置き寝転びながら、レンは不安を口にする。


「いいひとだよ?」


「ああ、うん」


 こちらのことを探ろうとしないのはありがたいことだが、つまりこちらも探れない。


 彼が信用に足る人物かどうか、未だに決めあぐねている。



「次に起きたら包丁を研いでる音が聞こえてくるとか、やめてくれよ……」


 眠れぬ子供のような空想が零れる一方で、マダレはすやすやと寝息を立てていた。

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