第2話

帝国新暦46年、ジギスムントは父ミュラーと母アンネの間に生まれた。


父帝ミュラーは武勇を―蛮勇ともいってもいい―を鳴らした皇帝で、皇帝家とは言え名ばかりだった地方の小国を、その長い治世で幾重にも拡大した。4度目の戦勝でついに、それまで獲得した領地を正式に自らの国に併呑した彼は、自身の父の治世から数えて新しい帝国暦を制定し、自らを二代目皇帝と広く宣言したのだった。


ジギスムントは初代二代目と共にあった金髪碧眼の遺伝子は持たず、女性的な雰囲気を持つ黒眼黒髪の若者で、一見して弱気そうな印象を与えた。

 父と大きく風貌の異なるこの兄を、弟オットーは愛人の子であると影で誹謗していた。父よりも早く陰の人となっていた皇妃アンネは、豊かなブリュネットと美しい黒目の女性であったから、ジギスムントはそれを受け継いだとみられていたが、彼女が半ば公然と囲っていた愛人フリードマン子爵もまた同様であった。またジギスムントが父よりもはるかに長身に育ったこともその弾劾に無責任な噂のおひれをつけさせ、証拠もなにもない無茶苦茶な主張であったがオットーの中傷は無言の重圧をジギスムントに与えたのだった。


実際ジギスムントにとっても、自分が父の正当なる継嗣であるとは自信がもてずにいた。母アンネは美貌の誉れが高かったが貞操には期待できそうになく、多くの関係が噂されていたからだ。先帝の治世の間この父子の間には愛憎の複雑な交差が結ばれ、その結節点には母アンネがいた。アンネはジギスムントを溺愛したが息子は母を憎悪した。そのことはアンネが弟オットーをある高級軍人を教育係りに任じ預けた一方、ジギスムントを13歳までの間女装をさせる奇特な習慣、あるいは性癖をもって自ら養育したことにも大いに示唆される。


オットーが武芸に長けた精悍で屈強な青年になる一方で、ジギスムントは左肩が右肩より下がった、細身で物静かな青年だった。オットーが意気揚々とした、煥発な青年として評判を立てる一方で、ジギスムントの宮廷内での仲間といえば、母アンネがつけた家庭教師―歴史家で外交官でもあるオルブライト―とジギスムントが14の時に徴税官の家から宮廷に招き入れられた女官アンと、あとは近衛の指揮官フランク=ヘッツェンくらいだった。

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