大帝ジギスムント伝

@Shinotomo13

第1話

第二代皇帝の死去は雨の降りしきる四月の春のある日だった。

 普段は女官に世話を任せ一顧だにすることのない皇帝がいつになく庭の見物を言いだし、数人の連れと共に見物に繰り出した所を心臓発作で倒れた。皇帝の紫衣が泥を撥ね、女官の靴に小さな染みをつけた。小さな女官の悲鳴だけが、権力の頂点を極め数多くの屍を築いてきた男の最後を飾ったのである。


長子のジギスムントはその知らせを聞いて驚愕した。長子であるとはいえ、このように早い戴冠は予想していなかった。侍従のアンが同情の目線で父の薨去を知らせると、ジギスムントは痙攣しそうな表情で、「最後まで勝手なものだ」とだけ言って、彼は寝室に引きこもった。アンは、静かに部屋の扉を閉じると、自分が14のころから仕えてきた皇太子が―もうすぐそうではなくなるが―自室で感情をかみ殺す音が聞こえないように、外には誰も近寄らせなかった。夜中近くになり、アンが部屋に入れられると、彼は血の気の失せた表情で父の葬儀の手はず、つまり自身を後継者として表明する段取りについて呼ぶべき人物を数名述べた。アンはそれを忠実に実行したが、その前に自分の主人の顔色の悪さを隠すように、白粉を手渡した。

「あなたにはまだ勝たなければならない戦いがいくつもあります」

とアンが、今までの慎みある口調を捨ててあえて昔の友人としての口調でいうと、ジギスムントも蒼白な顔色ではあるがまだ意志のこもっている瞳で、白粉を手に取って頬に塗り付けた。

「わかっている、いずれ来るべきものが来たのだ。巡り合わせが私のドアを叩いたのが、たまたま今日だったのだ」


 ジギスムントはこの頃28歳、人を殺したことも人を救ったこともない、音楽と文学を愛する青年だった。

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