後編

        3


 リュラに雇われて三日目。ソウハたちは街道を外れ、リュラの村があるという巨大な森の中を旅していた。

 森に入ったのが昼過ぎだったから今は夕刻のはずだ。しかしあたりは生い茂る木々のせいですでに暗く、これ以上進むのは無理に思えた。


「一度、ここで野宿ですね」


 ソウハは少し開けた場所を見つけるとそこに荷物を降ろそうとした。だが降ろしきる前に、再び担ぎ上げる。

 何事かと自分を見つめるリュラに、ソウハは手で荷物を持つように伝えた。


「念のために訊きますが、リュラさんに狼のお友達はいますか?」

「? いえ。わたしたちと、この森の狼はあまり仲は良くないです。

 ……それが何か?」

「囲まれたみたいですね。多分、狼だと思います。いいですか、合図をしたら走ってください」


 荷物を左肩に掛け直し、右手で剣を抜いた。緩やかな曲線を描いた片刃の剣がソウハの前に現れた。今ではリュラにもはっきり分かるほど、狼たちは近づいていた。

 荒い息づかいが二人の回りで聞こえる。狼たちは、飛びかかるタイミングを計っていた。


「走ってください!」


 ソウハが叫ぶのと狼たちが動くのとが同時だった。ソウハの目の前に現れた狼を、剣の一閃で斬り伏せる。前面が開けたと見てソウハはリュラを前に送った。

 リュラを先頭にして二人は走る。ソウハは追いすがる数匹を斬り伏せるが、それだけでは狼たちは諦めない。このままではすぐに噛みつかれてしまうだろう。


「きゃあっ」


 突然、前を走っていたはずのリュラの姿が消えた。

 ソウハは慌てて後を追い、勢いよく右足を踏み込んだ。


「な!?」


 右足に地面の固さを感じることなくソウハは暗闇に落ちていった。


        ※


 始めは真っ暗で何も見えなかった。自分の倒れてる床を触り、それが石でできていることを確認する。自分が穴に落ちた事だけは判った。体の痛みがそれを証明してくれる。ソウハはゆっくりと立ち上がった。


「痛てて。リュラさん、大丈夫ですか?」

「はい。なんとか」


 ソウハのといに離れた位置から声がした。リュラの声は、意外としっかりしていた。

 ソウハは自分の荷物を手探りで見つけその中をあさり始める。何か明かりになるものを探したが火打石しか手にできない。夜は野宿のみで移動を考えていなかったため、松明もランタンも用意していなかった。

 せっかくの火打石も燃やすものがなければ意味はない。実のところ一つだけ燃やせるものがあるのだが、それを燃やすわけにはいかなかった。


「困りましたね。明かりがないと……」


 多少は暗闇に馴れた。だが、それでも回りを見通すことはできない。


「明かりですね。少し待ってください」


 リュラの声がして数秒後、暗闇に光の玉が浮かんだ。そのすぐ下にはリュラがいた。


「これは、あなたが?」

「はい。わたし魔法が使えるんです。少しですけどね」


 リュラは首をかしげ、可愛らしく笑った。

 ソウハは光に浮かび上がった回りの景色をじっと見つめた。かなり上の方にソウハたちが落ちてきた穴が見えた。ここからでは登る手段はなさそうだ。あの高さから落ちたのに、たいした怪我もなかったのは奇跡と言えた。


 視線を再び辺りに戻す。この中はすべて石造りで、大きな石柱が何本も建っていた。そして崩れかけた壁の一角に巨大な絵画が描かれていた。

 ソウハはそちらに歩み寄ると、その巨大な壁画を見上げた。


「これは……」


 ソウハは自分の荷物から分厚い本を取り出した。それをめくるうちに、あるページでソウハの手が止まった。そのページには見開きで壁画と同じ絵が描かれていた。


「やっぱり。これは、異界の神々との戦いを描いたものだ。ここは、大昔の神殿なんだ!」


 ソウハの声はとても嬉しそうだった。


        ※


 炎に照らされたソウハの顔を見て、リュラがくすりと笑った。


「?」

「なんだかさっきのソウハさん、すごく嬉しそうでした。わたしたち迷い込んだんですよ?」


 リュラに優しく責められソウハは照れて頭をかいた。その様子がおかしくて、リュラはまたくすりと笑った。


「本当は、傭兵ではなく学者になりたかったんです」

「学者?」

「……って言うか古代の遺跡なんかを研究する職業を選びたかったんです」

「何でならなかったんですか?」

「両親に反対されたんですよ。『読み書きだけできれば十分だ』ってね。で、家を飛び出して独学でやってたんですけど、金に困って傭兵を始めたんです。剣の扱いは父親から教わってましたから。それに、傭兵なら色んな国に行けますから、色んな遺跡に巡り逢える」


 ソウハの顔は、今までリュラの見た中で一番輝いて見えた。


「それだけ一生懸命になれるものがあって、少し羨ましいです」


 真剣で優しいリュラの瞳に見つめられ、ソウハは赤くなる。


「さあ、もう休みましょう。この遺跡はそんなに大きくないはずです。明日には外に出られますよ」


 ソウハの照れ隠しに素直にうなずいてリュラは横になった。


「ソウハさん」


 二人が横になって随分と時間が過ぎた頃、静寂を破ってリュラが話しかけてきた。


「わたし、本当はお婿さんを探すために村を出てきたんです。妖精の中でも、わたしたちは人間に近い種族なんです。だから、子供は自分たちが産んで育てます。でも、生まれてくる子供は、みんな女児ばかりです。だから、自分の子孫を残すために、わたしたちは人間の男性を伴侶として見つけないといけないんです。

 混血でも妖精の血は決して薄れることなく、次の世代に受け継がれるんです」


 ソウハは横になったまま、何も答えずに聞いていた。


「ごめんなさい。ずっとわたしソウハさんを騙してました。ソウハさんを村に連れて帰って、そのまま閉じ込めちゃうつもりだったんです。

 わたし、ソウハさんに助けてもらってこの人だって思った。人間の世界に出てきて出会ったひとたちはみんな卑怯で、ずる賢くて……。でも、ソウハさんは違った。

 明日ここを出たら一人で村まで帰ります。そのときにちゃんと報酬はお払いしますから……。本当にごめんなさい」


 それきりリュラは何も言わなかった。リュラの寝息が聞こえてくると、ソウハはそっと起き上がった。

 静かに眠るリュラを見てソウハ苦笑いをうかべた。


        ※


 目が覚めると、二人は遺跡の中を探索した。ソウハの言ったとおり、この遺跡は規模の小さなもので地上への出口もすぐ見つかった。

 十数時間ぶりに地上に出た二人を、太陽は昼間の明るさで迎えてくれた。


「お別れですね。ご迷惑をおかけしました」


 リュラは懐から小袋を取り出した。


「金貨が五十枚入ってます。少ないようならすぐにお持ちします」


 ソウハを騙した罪悪感からか、リュラはまともにソウハの顔を見ようとしない。


「いりません」

「え!?」


 リュラは驚いてソウハを見た。目の前でソウハは微笑んでいる。


「リュラさんのおかげで、誰も知らない遺跡を発見できました。それが報酬です」

「……ダメです。ソウハさんはわたしのせいで危険な目に遭ったんですよ? 受け取ってください。それだけの権利があります。もしお金がいやなら、他に何か言って下さい」


 そう言って、リュラはソウハを見つめた。その瞳には強い意志が込められていた。

 リュラが引きそうにないと悟ったソウハは目を逸らしてため息をついた。


「判りました。報酬はお金以外でもいいんですね?」

「……はい」


 緊張した面もちでリュラは頷く。


「そうですね……では、報酬はしばらく一緒に旅をするってのはどうですか?」

「……わたしと、ですか?」

「はい。実は、僕もあなたが気になります。それが恋愛感情からかは分からないですけどね。だから、しばらく一緒に旅をしてみませんか?

 僕はあなたが好きなのか、あなたは本当に僕でいいのか。それを確かめるために、ね?」


 リュラは信じられない、といった表情を浮かべた。そしてすぐに頷くと、ふわっと浮かぶようにしてソウハの首に飛びついた。


「わたし、きっと役に立ちますから」


 二人は顔を見合わせると、どちらからともなく声を出して笑いだした。


         4


「そうやって出会った二人が旅を続け、ある遺跡で莫大な財宝を見つけてしまった。それを聞いた奴らが、一斉に遺跡にもぐり始めた。これが、冒険者の始まりさ。

 今の冒険者は、仕事なら何でも引き受けるが、最初は違ったんだぜ。その二人組みが最初の冒険者さ」


 男は話し終えると、コップに残った酒を一気に飲み干した。


「カッシュ、おまたせ。待った?」


 親父が男に向かって話しかけようとして、女性の声に遮られた。男はすぐに声のした方へ振り向いた。


「いいや、ちょうど話が終わったところだ」


 親父はカッシュと呼ばれた男と話している女性を見た。

 黒い瞳と可愛らしい唇。短く切りそろえた髪も黒かった。少女であれば可愛いいと表現するところだが、全体的に大人びた印象を受ける彼女は、美女と表現したほうがいいだろう。

 小柄というよりは、この女性のいたところではこれが標準なのだろう。その証拠に服の上から分かるほど均整のとれたプロポーションだった。


「さあ、行くか。親父、ありがとう」


 男は銅貨を三枚取り出しカウンターに置いた。


「こっちこそ、いい話を聞かせてもらったよ」


 店を出ていく男の背中に親父は言葉を投げた。そしてその横を歩く女性の後ろ姿を見て、何かを思いだしたように動きを止める。


「まさかな」


 親父は軽く肩をすくめると、銅貨を小銭入れの中へ放り込んだ。


        ※


「ねえ、何の話してたの?」


 酒場を出てすぐに、カッシュの隣を歩いていた女性が訊いた。


「話って?」

「さっき、酒場で何か話してたんでしょ?」


 カッシュの腕をとって、ねだるように揺らす。カッシュは立ち止まり彼女の顔を覗き込んだ。その顔には笑いが浮かんでいた。


「なによ、人の顔見て笑いだしたりして。失礼な奴っ」


 ぷい、と横を向いて、彼女は歩き出した。カッシュはその腕をとって引き止めた。


「あのな、イスカ」


 カッシュは急に、真剣な表情になった。


「なによ」

「ありゃな、お前のひい爺さんの話しをしたんだよ」


 相好をくずし笑いだすと、カッシュはそのまま歩き出した。立ち止まっていたイスカが慌てて後を追い掛ける。


「待ってよ。歩くの早い」

「早くしないと、依頼人が逃げちまう」

「大丈夫よ。みんなが先に行ってるから」

「だから、心配なんだよ」

「それって、ひどーい」


 人で賑わう大通りの中に、二人の声がこだました。



        了

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最初の冒険者 宮杜 有天 @kutou10

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