Military Academy(6)
降り立った廃ビルは、まだ俺に戦場であるという緊張感を与えるような光景ではなかった。
師匠がついているからかもしれない。
監視カメラを破壊されたことで、向こうもこちらが侵入したことには気付かれているはずだ。
だが、今回は気付かせるのがこっちの狙いだ。
屋上の扉の横で俺と師匠は焦らずにその瞬間を待つ。
この空間に溶け込むことで、聞こえるのは周囲の雑音と、コンクリートの壁の向こうの音だけだ。
コンクリートを伝う足音がゆっくりと近づいて来る。
そして鈍い錆びた金属の擦れるような音と共に扉が急激に開かれた。
蹴り開けたのだろう。足だけが視界に映る。
師匠は『見てな!!』というアイコンタクトと同時に出てきたガタイの良い男の頭を回し蹴りした。
男は叫び声をあげてその場に倒れた。
もう一人後ろにいたようで、その男は当然ライトマシンガンで反撃してくる。
――――――――バババッバババッババッババババッ!!!!!!
弾が高速で連射される。
師匠は足だけを出していたので、蹴った後すぐに元の位置に戻っている。
「これはPKM機関銃ですかね?」
「パーツと見ロシア製だったから、正解だと思うよ」
「俺が壁ぶち壊して突破とかどうですか?」
「君はやっぱりバカだ。相手は君の言った通りなんだろ? だったら弾切れになれば次までの再装填の合間に叩けばいいだけだよ」
だがそれは甘い。
「ですが、後ろにもう一段構えていた場合も想定しなければなりません。そうなれば、蜂の巣は確定です」
「僕が教えた技覚えてる? 無視予測を使えば突破できるよ」
「やってみます」
無視予測とは、相手の銃の射線から相手の位置を特定する技で、視力と演算能力が高くなければできない。
相手は二人、扉から約八メートル、その距離なら行ける。
俺は銃声が止んだ瞬間に飛び込む。
俺の視界には四人、さっきの読みは当たったようだ。
前の二人は背を向け、入れ変わろうとしている真っ最中、後ろの二人が慌てて、構えようとしている。
俺は壁に向かって斜めに走る。
窓はなく、男たちの後ろは階段だ。
持っている銃はロシア製のPKM機関銃で間違いない。
あれはベルト給弾式なので、リロードには時間がかかる。
片づけるなら今しかない。
俺が壁に到達するとほぼ同時に照準が合わさる。
トリガーを引く刹那の時間に、全運動エネルギーを壁にぶつけるように、全力で蹴り上げ、発射よりも少し早く、斜め前に移動する。
前にいた男たちは直ちにその場に伏せて射線を開ける。
PKMから飛び出した7.62mm×54R弾が壁に大きなダメージを与える。
左サイドから右サイドへ、瞬発的な移動に銃口が追い付いていない。
残った勢いで左壁を蹴り反作用でさらに前に移動し、距離が数メートルで勢いに乗ったまま、右足を軸に左足で回し蹴りをした。
高く上げた足は顔面をものすごい勢いでヒットし、失神させるのには十分だ。
伏せていた二人の内の一人が俺の足にしがみつこうするが、顔面を靴底で踏みつけ、その勢いを利用し、銃の射線との距離が数十センチまできたところで足の射程に到達する。
バレルを蹴り上げ、顔面に拳を一発お見舞いしてやる。
宙に舞ったPKMを回収し、前の二人を死なない程度にPKMを打撃武器として使い、倒した。
「流石は僕の弟子、そのまま突っ込んでスライディングしてもいいかと思ったけど、君の方が遥かに良い、とてもスマートだよ」
階段は踊り場で折り返されており、五階は見えない。
「今度は僕が先行するよ」
「援護します」
階段を下りた先には肩に担がれた筒状のものを持った男が一人だけいる。
あれはRPG-7だ。
要するに無反動砲、無誘導ロケット砲だ。本来は室内で使うものではない。威力は戦車を破壊するくらい。対人で使えば命中しなくても木っ端微塵になるような威力だ。
師匠は瞬間的に刀に手を掛ける。
「隼切(ハヤブサギリ)!!」
一瞬のうちに抜刀された刀の先端から発せられた振動は波のように空気を伝わり、RPGを切断した。
刀を振った時、刃の先端が音速を超えたことにより発生したソニックブームによる衝撃波だ。故に発射速度も音速である。つまり銃弾よりも速いのだ。
男は壊れたRPGを放棄して右へ逃げ出す。
五階に到達した俺たちの視界には開け放たれた扉があり、その狭い画角からは一番奥に裏路地に面したガラスのない窓とコンクリートの柱が左右に一本ずつ見えており、外壁と階段の周囲以外の壁は存在していないようだ。
扉から覗けば、左右に構えているライトマシンガンで狙い撃ちされるだろう。
「師匠はここで、俺は別方向から攻撃します」
すぐに階段を駆け上がり、開けっ放しのドアから屋上へ、だが俺が走るのを止めず、そのまま屋上から体捻って地上へダイブする。
空中で丁度横へ半回転、縦に一回転し、両手で五階の上の窓枠を掴み、侵入する。
「――――窓だ!!」
ライトマシンガンを持った男が叫ぶ。
俺の位置は五階の階段の扉から一直線上にある正面の窓の前であり、階段の扉から師匠の姿が見える。
そして照準は階段から俺に向けられる。
師匠がそれと同時に飛び出し、俺から見て左へ、俺は両方の柱で隠れる位置に移動し、ライトマシンガンから逃れる。
そうならば再び師匠へ攻撃しようとしたのを見計らい、右側へ俺は突撃する。
元々そんなに距離は無かったので、すぐにゼロ距離での近接格闘に臨める。
敵は右に二人、左に一人、師匠が左を片づけ終わり、俺も窓側の男に顔面パンチを決める。
だが後ろの男が持っていたのはまたもRPGであったのだ。
俺の攻撃を受けた前側の男はまだよろめいており、RPGの射線内に入っているにも関わらず、後ろの男はこっちに向けてRPGの引き金を早々に引こうとしている。
「やばい」
俺はそいつから離れて、一目散に窓に走り、窓に再びダイビングした。
その直後、煙と共に発射されたRPGが窓を抜けて、路地挟んで反対側の狙撃手のいる建物の五階で爆発し、壁が崩壊した。
窓の縁につかまって何とかRPGを逃れたので、ダメージはない。
壁をよじ登り五階へと戻ると、既に師匠がイカれたRPG野郎を倒していた。
「いつもながら、僕を冷や冷やさせるのだけは得意だね」
「臨機応変と言って欲しいですね」
「そんなことしなくてもいいスマートな戦い方をしようよ」
「善処します」
「全く・・・君というやつは。人の気持ちも考えて欲しいよ」
廃ビル内部に壁はなく、あるのは柱だけ、中央に階段あり、それを一周するようになっている。
既に六人を確保した。よって残りは五人のはずだが、まだ四階もある。この人数で守れるとは思えない。
もしかしなくても、その人数にも誤りがあるのかもしれない。
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