Remember(6)
俺は心のどこかでここに彼女がいるかもしれない期待をしつつも、ここにはいないと確信していた。
なぜなのか理由を説明することはできないが、彼女の冥福を祈りにここに来たわけじゃない。
そして一通り終え、すぐに立ち去ろうとした時だった。
二メートルくらいある慰霊碑の裏側から空のように透き通るようなスカイブルーの長髪で年齢は多く見積もっても十二歳くらいの幼い少女が現れたのだ。
身長は彼女よりも低い。
髪が長く身長が低いので髪の先端が地面に着きそうなくらいだ。
髪の色に同調したような美しい青い瞳を持ち、白いワンピースは風でなびき、より一層の空想的な雰囲気を強調していた。
その初対面の少女は俺の方をずっと見つめていた。
「初めまして、コウサカさん。決心がついたようで何よりです」
俺は少女を知らない、でも少女は俺を知っている。
まるで全てを見てきたかのような口ぶり、口調はとても穏やかで冷静、体の中身は別ものであるかのような、とても大人っぽい。
それでも名前の部分だけはアクセントがどこかおかしい、不自然な日本語となっていたが、他においては日本人と大差はない。
「俺を知っているのか?」
あまりに唐突なことに思ったことを口にしてしまう。
「知っているです、最初から最後まで、コウサカさんがここに来た時から去る時まで、そしてコウサカさんは運命を自分の手で選びました、そんなコウサカさんを今日は祝福するためにやってきました」
達者な日本語で喋っていく。
「君は?」
「わたくしは運命を知る者の一人、人類たった二人の改編者で
電波なことを言うが、その雰囲気からは何となく、直感的にだが理解した。
そう俺はこんな意味不明なことを理解しようとしたのだ。
あの日からの俺は少しおかしいかもしれない。
「そうか」
「はい、以後お見知りおきを。再び会うその日まで、今日は要件がありここまで来たのでした」
肩掛けの小さな白いポーチから小さなメモ紙を取り出す。
そっと手を伸ばしメモ紙を俺に差し出す。
「貰ってもいいのか?」
「はい、これはコウサカさんのためのものです」
受け取った紙にはどこかの地名だろうか、筆記体で文字が書かれているが俺には読めない。
「これは?」
「そう、これがあなたの運命の地です」
なるほど、そういうことか。ここに行けとそう言っているようだ。
「今日は
どちらもよくわからない単語だったので語感的に決めた。
「
「わかりましたです。それでは
小柄な体からは想像もできないものだった。
その恰好や幼さからはかけ離れたものだった。
少女の背中、ワンピースの間からだろうか。
手を背中に回しワンピースに下からめくり上げるように出て来たのは西洋剣つまりソードだったのだ。
鞘からすべてが銀色で覆われ、太陽の光で眩く反射し、描かれたレリーフを浮き上がらせるようだ。
その中心には深青に染まったサファイアのひし形結晶が埋め込まれ、それに羽根が生えたように二枚その両側にレリーフがついている。
それらの装飾は表裏同じようになっていた。
それが左右で二本あり、どちらもまったく同じ瓜二つ、双璧をなしている。
それを俺に手渡した。
「……これを俺に?」
あまりのすごさに受け取るのがためらわれる。
「そうです、これは今からあなたのものです。受け取っていただけますか?」
静かに近づいていき、ベルトに装備するように接続金具で付けてくれた。
あまりの手際の良さに驚いたりはしない。もうすでに様々なことに驚きすぎてしまっていたからだ。
「ありがとう、でも一回聞くけど、本当に貰っていいんだな?」
「その通りです、とてもお似合いです、私の見立てに間違いはありませんでした」
「それはどうも」
「それでは
この子は確かに言った、未来を見通す能力があると……。それは空想上の物語なんかで出てくる超能力のようなものなのだろうか。いつも通りの俺ならば冗談半分に子供の悪戯くらいにしか思わなかっただろうが、彼女の純粋な瞳からは冗談など微塵も感じ無かった。
そうか、それは良かった。
「ありがとう」
「こちらこそ、そうですね。わたしくしも未来を見越してお礼を言っておくです。その時にはもういないかもしれませんから。ありがとうございました。それではわたくしの目的は達しました」
最後にやはり意味のわからないこと言ったが、それはそうだ。今の言い方だとまるで預言者だ。
そして少女は俺に背を向けて、慰霊碑に向かってゆっくりと歩いて行く。
「待ってくれ、貰ってばかりでは割に合わない」
俺は今身に着けているものの中で対価になるようなものを探す。
財布、いや金じゃだめだ。それでは意味はない。
何かないのか?
ふと俺の腕に付いているシルバーの腕輪に目が行く。
これはアイリスがあの日、ショッピングモールで俺に選んでくれたものの一つだ。
でも今ではそれ一つが唯一のものとなってしまっている。
あとは何も瓦礫から見つからなかった。
俺たちの因果が崩壊したのかと思ったくらいだ。
「これを持って行ってくれ。こんなものじゃ、相応の対価には成り得ないかもしれないが……」
「そこまで言うなら預かっておくです。大切にします。それでは
突如吹き付ける花びらに俺は目を瞑った。
ゆっくりと開けた視界に少女はもういなかった。
まるで幻のように、幻想のように、幻影のように、その場に一人残ったのは俺だけで他に誰もいなかった。
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