Remember(5)

 気が付けば、病室のベッドの上にいた。

 貸切の個室、横の引き出し台には、俺の持ちものが乱雑に置かれている。

 持ちものはいくつかあったが、その中のシルバーの腕輪が一際目立っていた。

 その腕輪が俺に何かを語りかけてくる。

 だけれど、あの事故の影響で今はまだ意識がはっきりしない。

 俺は生きているのか死んでいるのかさえも分からない。

 ただ、朦朧とした意識の中で浮かぶあの光景には、なぜか目を背けるばかりだった。

 ようやく意識がはっきりした頃には、もう事故から一日半は過ぎていていたのだ。

 俺の記憶からまだ彼女のことを考えるには至らない。

 考えたくはないし、思い出したくもなかった。

 考えたり、思い出したりしたら、自分が自分でいられなくなりそうで……。

 嫌な記憶に蓋をしたまま二週間が経ち、俺の入院生活は終わりを迎えた。

 入院中に聞いた話だと、高い場所から落下したにも関わらず打撲や掠り傷程度だったそうだ。

 俺は奇跡的に生き残った一人だという。

 この周囲一帯は、住宅街が立ち並び、比較的近くには駅やショッピングモールがあり、人の出入りも多い。そうなれば人口も当然多くなる。俺は最初の方に救助されたため近くの病院に収容されたが、フランス国内の病院では手が回らず、国外で治療を受ける人も居たそうだ。

 それほどの規模の爆発が起きたのだ。

 詳細は現在でも調査中という扱いになっており、世間に公表されることはなかったが、爆発の規模はそれらを見れば一目瞭然というくらいのものだった。

 爆発したのは六基ある内の一基であったようで、その中では最新鋭の発電設備であり、たぶん俺の両親もそれに関わっていたはずだ。ということはおそらくはそういうことだろう。そしてのアイリスの両親も……。

 被害の状況は周辺地域にあった多くの建物を巻き込んだが、倒壊したのは俺たちが居たショッピングモールのような経年劣化が大きい建物ばかりのようで、駅周辺のビルも同じように倒壊したものもあったようだ。

 爆発元の近くにある他の五基の発電設備は一番近かった一期を除いてはほぼ被害がなかったそうだ。爆発の規模が大きかったことは確かだが、被害の規模は建物の耐震設計等に依存しているようであった。

 原子力発電所の爆発事故であったにもかかわらず、周辺一帯の放射線量の上昇は一時的なもので燃料が拡散したようなチェルノブイリのような事故にはならなかったようだが、爆発の規模で言えばまるで核爆発のようであった。

 瓦礫の中からは多くの人が遺体となって発見された。

 しかし、俺が意を決して訪れた事故現場に彼女の遺体はなかった。

 それから一か月経っても彼女が見つかることはなかった。

 その後、退院した俺はただの腑抜けた根性なしになっていた。

 何もやる気が起きず、ただただ事故のニュースを眺めるだけだった。

 それが段々情けなく、恰好が悪く見える。

 それが俺の今の姿なのだから、当然だ。

 あの時、俺たちがあそこにいなければ良かった。

 あの時、事故が起きなければ良かった。

 あの時、あの時、あの時、浮かんでくるものたちは全て後悔だった。

 後悔先に立たず、その通りだ。

 いつしか、あの時の無力さに怒りが沸き起こった。

 それは日に日に増していき、ある日、俺の卑屈な気持ちを上回ったのだ。

 運が悪かった訳でも、あの事故が悪かった訳でも、建物が悪かった訳でもなかった。

 悪かったのは俺の弱さだったのだ。

 弱いが故に何も守れない。

 立って一人の少女の壁にすらなれない。

 故にあの手を掴むこともできない。

 故に大切なものを何一つとして守ることができない。

 そのことに気付いた時、今ある現実を受け入れ、俺の止まっていた時間が動き始めた。

  その日、俺は強くなることを誓ったのだった。

  もう一度、彼女に会うことができるなら、全ての障害から彼女を守れるようにと……。

そう決意した日から俺は現実世界に復帰した。

 だが、そんな俺の帰るべき場所はなくなっていた。

 俺の両親がその後の事情徴収で、事件に関係していることがわかり、一緒に暮らしてはいけなくなったのだ。

 そのため、日本の横浜にある母方の祖母の家に預けられることになった。

 これから俺はどうなっていくのか分からない。

 けれど、やるべきことははっきりと決まっていた。

 己を鍛えることだ。力は大事だ。

 何事も最後に有無を言うのは膨大な力にあり、力が強い者が勝利を収める。

 強者こそが勝つ、この世界ではただそれだけが絶対の『法則(ルール)』なのだ。

 それにタイミングも場所も揃っていた。

 フランスを発つ前日、俺はもう一度あの事故現場に足を踏み入れた。

 駅周辺は瓦礫が撤去され、代わりに献花台が設置されていた。そして慰霊碑もあり、多くの花束をお供えされていた。

 今は俺以外に人はおらず、一人そこへ花を供えた。

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