Remember(4)
アイリスと知り合ったのは小学校二年生の時だった。
俺は小学校二年の時に両親が海外に転勤となったためにこちらに来ることとなった。
日本人の俺は向こうからしてみれば珍しかったのだろう。
そのため、あまり友達もできなかった。
けれど、そんな俺に唯一話しかけてくれた子がいた。
それがアイリスだった。
彼女は母親が日本人だったため、日本語を話せるのだ。
「そうすけくんでいいんだよね?」
「ああ、そうだけど」
彼女の突然の言葉に、俺は空返事をしてしまう。
「少し私とお話ししない?」
「別に構わないけど・・・、ってお前日本語話せるのか?」
「うん!」
これが俺と彼女が初めて交わした言葉である。
俺は最初そんな彼女に戸惑ったが、優しく接してくれる彼女に、次第に心を開いていった。
初めは突然フランスに連れていかれたことに対して思うことはあったが、彼女との出会いがこの地に来て良かったと心からそう思わせる。
朝、学校に着くと挨拶を交わし、休み時間には一緒に会話し笑い合う。
時にはフランス語を教えてもらうなど、そうしていくうちに彼女と『友達』になった。
そうして一年近く経つころには、彼女だけではなく、クラスのみんなとも打ち解けることができ、彼女以外にも友達が出来た。
彼女は明るく、困っている人を見かけたら助けずにはいられない子だ。
そんな彼女がクラスの人気者になるのも不思議なことではない。
彼女に好意を寄せる男子も少なからずいるだろう。
彼女の周りには自然と人が集まる。
そんな彼女がいたからこそ、俺はクラスの中に溶け込むことができたのだろう。
しかし、注目を集めることは、それを妬む人が出てくることも不思議ではない。
ある日のことだ、俺が廊下を歩いていると視界の端に映る違和感に気が付いた。
彼女が数人の女子に囲まれている。
初めは、彼女のことだから女子同士で会話に花を咲かせているのだろうと思った。
しかし、その場通り過ぎた時、ある女子の口から放たれた言葉が、俺の足を止めた。
「ふざけないでっ!」
それが聞こえた方向に振り向くと、その言葉がアイリスに向けられたことが一瞬で理解できた。
「えっ?」
彼女が戸惑った表情で小さく声を漏らした。
「いつもいつもちやほやされて、なんであんたばっかり」
「あんたなんかいなければいいのに……」
「わた…わたしは……」
強烈な言葉の数々にアイリスは涙を浮かべながらに弁明する。
止まらない女子たちの怒号にアイリスが二の句を告げる前に、俺が言葉を放っていた。
俺は考えるより先に、体が動いていた。
「おい、何してんだよ。」
「わた、私たちは別に何も……」
俺の力強い声にその女子はしどろもどろに答える。
「そ……宗助……」
その後ろからアイリスの声が聞こえる。
俺は彼女に救われた。
彼女がいたから今ここに立っていられる。
彼女が俺を助けてくれた。
だから今度は俺が助ける番だ。
その事件の後、そのことがクラス中に広まるのは時間の問題だった。
それから数日間は重い空気が漂っていたことも想像がつくだろう。
俺に話しかけるクラスメイトが半数に減ってしまった。
アイリスの方も元気がなく、自分の席に座っていることが多かった。
アイリスと仲が良い友達が、彼女を慰めたりしている姿が目に映る。
その光景を見て、アイリスを嫌う人もいる一方、大切に思ってくれる人もいることに安堵する。
そんな彼女を見ていると、ふと目があった。
俺も彼女もすぐに視線を逸らしてしまった。
あんなことがあったのだ。
互いに恥ずかしさを捨てきれない。
俺は自分がしたことに後悔はしていないつもりだ。
あの時、助けに入らなければもっと酷いことを言われていたかもしれない。
もっと嫌な思いをしたかもしれない。
あるいは……。
けれども悔いがあるとすれば、あの後から一度も話していないことだ。
あれからもう数日は経つ。
話しかけようとは何度も思ったが、何せあんなことがあった後だ。彼女に負担をかけないためにも話しかけないのが一番だと俺は思っていた。
それからさらに数日後が経つ。
俺は友達との話を終えると、帰り支度を済ませ玄関へと向かう。
そして靴を履き替え外に出て歩き始める。
校門を潜ると、横からそっと声が掛けられる。
「宗助」
その声には聞き覚えがあった。
そう、アイリスだ。
俺は突然のことに驚き、声を出すに至らない。
俺が何か口にする前に彼女の言葉が告げられる。
「一緒に帰ろっか?」
「ああ……」
歩き始めてからしばらくはお互い言葉を交わさなかった。
何を話せばよいか俺には分からなかった。
こんなに何も思い浮かばないなんて初めてだった。
俺が考えあぐねている時、その沈黙を破ったのは彼女だった。
「宗助、あの時はありがとう」
俺は突然のお礼に一瞬戸惑ったが、すぐにあのことだと分かった。
「いや、別に大したことはしてないけど……」
俺は思ったことをそのまま口にした。
「けど、私はうれしかった。今までたくさんの人と話してきたけど、誰も助けてくれる人はいなかった。本当に嬉しかった」
少し涙をにじませながら俺の目を見てそう話す彼女に、どう返せば良いかわからない俺は目をそらしてしまった。
たぶんその時俺は、顔が赤くなっていただろう。
けれど、俺は返事を待つ彼女に何か返そうと思って口にする。
「そりゃ、良かった」
その言葉をしっかり受け取った彼女が小さく頷くのと、彼女の顔が赤くなっているように感じるのもまた同時の出来事だった。
それからまた二人の間に沈黙が生まれた。
彼女と別れる際、俺が別れの挨拶をする前に彼女が先に口を開いた。
「また明日、学校で……ね」
その言葉に隠されたもう一つの意味を俺は見逃さなかった。
学校でいつも通り話そうというその意味を……。
「また明日」
この事件以降、俺と彼女の関係は『友達』より一歩先に進むことができたのだと感じた。
それから俺たちは段々と親しくなっていった。
そして数多くの思い出を作った。
こんな時間がずっと続いていくと思っていた。
俺たちの日々が壊されるあの時までは……。
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