Remember(3)

「えっと、……そうですが……」

 アイリスは不安そうな声でそう答えた。

「良かった、やっと見つかった」

「あの、何か御用でしょうか?」

「そうなんですよ。私はあなたを殺しに来ました!!」

「え?!」

 ぞくっと寒気がしたが、何かの聞き間違いだろう。

 初対面の相手にそんなことをいう訳がないだろう。

「だからぁ、あなたを殺しに来たんですって」

 やばいぞ、逃げなきゃ!!

 俺の体は考えるよりも先にアイリスの手を握り全力で走っていた。

「あっははは~。逃げるんですかぁ? 酷い人ですねぇ」

 けれどその瞬間、パァーンという音が響く。

 足元に銃弾が着弾する。

 俺たちは、無我夢中で逃げた。

 こんなところで死ぬ訳にはいかない。

 せっかくアイリスとデートみたいなことができたばかりなのに……。

 この後も一緒にいろいろ見て回る予定だったのに。

 共に逃げるアイリスの横顔を見ると、今にも泣きそうな様子だった。

 その顔を見ると、自分の惨めさは痛感した。

 なんで俺はこんなに弱いのか。

 隣に居るたった一人の女の子すらも守ることができないのか。

 逃げることしかできないのか。

 恐怖よりも先にそんな自分がとても嫌いだと感じた。

 逃げる中、下の階にその女と仲間と思われる銃を持った仮面の女が居るのが分かり、正面を向くと、そこにも仮面の女が居る。この状況で逃げるには右手にあるエスカレーターを使って上に行くしかない。

 そして逃げるように屋上に着いてしまう。

 まるで誘導されているかのように……。

「ふぅ……追い詰めましたよぉ?」

 どうする。

 そんなことを考えていると、一瞬のことで何が何だかわからなかった。

 左腕に鈍い衝撃を感じるとともにそこが熱くなった。

 俺の左腕から血が出ていた。

「痛っつ!」

 アイリスを掴む俺の腕が撃ち抜かれていた。

「いつまで掴んでるんですかぁ?」

「邪魔をするなら、あなたも殺しますよ?」

 左腕の痛みとこの状況が俺の判断力を徐々に奪う。

 ここまで大きな怪我をあまりしなかったせいなのか、左腕が死ぬほど痛い。

 正直、今この瞬間に気絶して、この痛みを忘れたいくらいだ。

 だが、今ここで俺がいなくなると、アイリスは誰が守る?

 俺はどうなっても良いが、アイリスはなんとしても守らなくてはいけない。

 そのためにはどうすれば良い?

 ……考えるんだ。

 どうすればこの状況を打破できるか。

 ここまで頭を使うのはいつ以来だろう。

 そもそも相手の目的はなんだ?

 何か腑に落ちない点がある。

「何で逃げるんですかぁ? 大人しく殺されてくださいよぉ」

「初対面のはずだ。なぜ殺すとする?」

「それは秘密ですよぉ、あなたには関係ないじゃないですか」

 その言葉に俺の沸点は頂点に達した。

 関係ないだと……ふざけんじゃねぇ!!

「大ありだ!! アイリスの命が狙われているんだぞ!! 関係ないはずがねえ!! 俺にとって彼女は……」

「あらら、急に怒ったと思ったら今度は黙っちゃうんですか? 彼女はあなたにとって何なんですか?」

「それは……大切な人だ!!!」

 今まで思いはしていたが、口に出すのは初めてだ。こんな場面じゃなければ最高だったんだが。

「あ~、その答えはなんかちょっとがっかりですね。これ以上邪魔するなら消しますよ」

 そう言って俺に銃口を向けた。

 その瞬間「ドォォ――――ン」という轟音が響く。

「なんだ!?」と思ったのも束の間、凄い風と振動が俺の体を吹き抜ける。

 俺たちはそれぞれ風に飛ばされ柵にぶつかる。

「ぐっ……アイリス!! 大丈夫か」

 その叫んだがアイリスからの反応はない。

 けれど、必死に俺は叫んだ。

「アイリス、俺から離れるな!! 何かヤバイ気がする」

 その瞬間、俺と彼女がいる屋上の床に亀裂が走り、床が崩れた。アイリスは少し態勢を崩し地面に膝をつく。

「なんだよこれ……」

 突然の出来事に俺たちは呆気にとられる。

「アイリス、大丈夫か?」

「うん」

 ゆっくり立ち上がろうとするアイリスに手を差し伸べる。

「何だからわからないけどぉ? 死んでもらうわ♪」

 ――――バァァーーン!!!!

 頭のおかしい女が放った銃弾は俺とアイリスの間を通り俺の頬の近くを掠めるように通り、反射的に一歩下がった俺の体はもう少し届きそうなアイリスとの距離を静かに離した。

 そしてさらに広がった亀裂も俺とアイリスの間を通り抜ける。

「きゃっ!?」

 崩れ落ちるコンクリートの足元に深淵へと続く大穴を創り出しアイリスを飲み込もうとする。

「アイリス!!」

「宗助!!」

 落下するアイリスへと必死に俺は手を伸ばす。伸ばした先に互いの温もりがあることを信じて……。

 だがその温もりに俺が感じることは無かった。虚しくも空を掴んだその手に涙が零れ落ちる。気づけば俺は泣いていたのかもしれない。

 そして空を掴んだまま俺はその場に立ち尽くしていた。この時、俺の世界は終わりを告げたのだ。

 一歩も動けない俺の脳裏には最後に見えた彼女の表情が無限ループのように永遠と駆け巡る。次第に加速度を増し、離れていく彼女は確かに泣いていた。……そう、泣いていたのだ。

どうすれば良かったのだろうか、永遠にループする光景を前に答えは出ない。

なぜ、助けることができなかったのか。

俺が弱いからか? 自問自答は続く。

 ……こんなことになるならば、今更の後悔はさらに俺の心を苦しめる。それからすぐに

俺の足元も砂の様に脆く崩れ落ち、俺の意識はそこで途切れた。

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