5-7

 〝極大霧散オーバー・バースト〟。


 詞御が決して対人戦、いや、浄化屋稼業でも使う事がない超絶〝戦略級〟攻撃術。質量を消滅させる際に発生する余剰エネルギーを物理破壊力に転化する攻撃方法。対象の質量が大きければ大きいほど、その破壊力と範囲は増していくという仕組みだ。もちろん目視できる範囲に限られるし、使い方を誤れば、自身をも巻き込みかねない諸刃の攻撃術。それだけに詞御はこの攻撃術を発見したとき封印していた。やむを得ず使わざるを得なかったのは一年前の世界大戦の一度だけ。それをこの場で使う、拮抗したこの状況を打破するために。


 もうもうとした土煙で視界が晴れぬ中、詞御は思念を試みる。


〔大丈夫か依夜、そしてルアーハも〕

〔……けほけほ、なんですかこの規模と破壊力は。昂輝を全て防御にまわさなければわたしもルアーハも巻き込まれるところでした。詳細は後でしっかりと伺いますが、これで勝てたのですね!〕


 依夜が嬉しそうに、思念で返してくる。状況的に見れば、詞御の〝極大霧散〟は寸分たがわず、狙い通りの破壊規模を起こしてくれた。通常の相手なら耐えられない破壊力とその規模。そこから導き出されるのは勝利のはず、だった。


 だが、現実は思わぬ展開を引き起こす。


〔詞御! 砂時計の砂の落下が止まっていません。まだ〝神の試練〟は続いています!!〕

〔なに!?〕


 土煙が晴れた上空を見ると、そこには未だ砂の落下が続く砂時計の姿があった。その砂は、もう少しで緑のラインに達しそうな勢いで落下している。これが意味するところは、


「奴はまだ倒れてない! 気を引き締めろ!!」


 詞御が叫ぶと同時に、未だ晴れていない土煙の中から巨大な二刃が、詞御とルアーハに搭乗している依夜目掛けて飛んでくるのが詞御たちの目に映った。それは巨体に似合わず、もの凄い速度で詞御たちに襲い掛かる! だが、とっさの詞御の叫びに防御と回避が間に合った詞御と依夜は寸での所で、その攻撃をしのぎ切った。


 土煙が晴れる。眼前には、淡い光の膜を張った巨躯を誇る蟷螂もどきの姿があり、表面の至る所に亀裂が奔りひしゃげ、下半身の脚は幾つか欠けている。しかし、それでも健在なのは驚嘆に値する。あの攻撃を耐え抜いたのだから。


(まがりなりにも神を名乗るだけはあるか。だが、仔機は出し尽くし機動力も奪った。そして、奴の巨大な一対の前肢、その先の長大な刃はもうない! 好機だ)


 そう詞御は思った。いや、思いたかった。砂時計の砂は、もう既に緑のラインに達しようとしている。その焦りが依夜の、いや、詞御の思考までをも鈍らせてしまった。


「これで止めです!」


 両腕を一本の肉厚で長尺な戦斧に変態した依夜が操るルアーハは、巨躯を誇る蟷螂もどきを両断せしめんと、背中にある一対の翼を広げて頭上高く舞い上がる。蟷螂もどきにはもう攻撃手段がない。そう思い込んでの行動だった。だが、機械仕掛けの蟷螂もどきは背中の翅を広げようと背部装甲の一部を展開する。


 逃げる気か? と詞御は一瞬思った。だが、刹那の思考で思いとどまる。現実の蟷螂の翅は飛ぶ為の翅ではない。せいぜい短距離の跳躍か威嚇に用いる程度。今から跳んでも、ルアーハの斬撃は避けられないのは自明の理だ。ならば、あの背部装甲の展開はなんだ? キンっと金属の僅かだが擦れ合う音が詞御の耳に聞こえた。そして、察する。あれは、飛ぶための翅ではない、と。


 詞御の脳内に、修行と浄化屋で培った莫大な経験から導き出された勘が激しく警鐘を鳴らす!


「駄目だ依夜! 離れろーーーーーーっ!!」

「え、詞御さん、一体何を? え?」


 依夜にはこの時、眼前の光景がスローモーションに見えていた。視界には背部装甲を展開している中から、翅、否! 翅に似せた刃を巨大な一対の前肢に再装備する機械仕掛けの蟷螂もどきの姿があった。前肢を含めた刃の総延長は圧倒的に、蟷螂もどきの方が間合いが広い。結果、斬撃は一瞬早くルアーハの身体に刻み込まれる事となる。


 鮮血を撒き散らし、ルアーハが落下していく。途中でルアーハは光の粒子と化し、依夜本人があらわになる。蟷螂もどきは、止めを刺そうと斬撃を繰り出した。


「させるかーーーーーーっ!!」


 いち早く我に返った詞御は、脚に全身の昂輝を集中させると落下する依夜と斬撃を繰り出す蟷螂もどきの間に入る為に駆け出した。その行為は何とか間に合い、寸での所で依夜を抱えると、左腕一本で支える。そして、右手に融合した大刀で、巨大な刃の斬撃を受け止めようと試みた。


 だが、駆けつけるのに昂輝を脚に集中したため、大刀には大した力をこめる事ができず、結果、大きく遠くに弾き飛ばされる事になる。物凄い衝撃と加速度が詞御を襲う。床が眼前に迫る。詞御は何とか空中で身体を半回転し、依夜を上に抱いたまま、背中から床に盛大に打ち付けられた。


「がはっ」


 受身を取れない状態での高速の飛行落下。蟷螂もどきとの距離は大きく離れた。まともに衝撃を受けた詞御は吐血する。内臓のどこかを痛めたらしい。と同時に、大刀の顕現が解け、傍らには成体のセフィアが横たわる。が、無事なのは確認できた。詞御の昂輝色がまだ白銀のままだったから。


 だから、詞御は、自身の激しい痛みは省みず、まっさきに起き上がると片腕に抱いた依夜の容態を診る。ここは戦闘領域ではないのだ。倶纏のダメージは搭乗者にも同様のダメージを負わせる。診れば、依夜の防具は壊れ、胴衣もぼろぼろだった。胸には大きな斬撃のあとが痛々しく刻まれ、そこからとめどなく血が流れている。


 依夜の意識は既にない。痛みと失血でどうやら気絶したらしい。応急処置で止血できる傷ではない事を詞御は察した。また、ルアーハもどうなったか確認できない。でも、ここに居る限りは満足な治療などは出来るわけも無かった。かといって、この場から依夜を連れ出すにも、出口はこの空間には存在していない。


 ここから出る為には、奴を倒し、神の試練を突破しなければいけないのだ。砂時計の砂は緑のラインを超える寸前。このままでいれば、緑のラインどころか赤のラインをも越え、最終的に時間切れになるのは目に見えている。

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