5-3

「それで、〝神の試練〟とやらのふざけた儀式はいつ執り行われるのですか?」


 場を少しでも和ませるため、詞御はややおどけた口調で言う。それが伝わったのか、国王の態度もややくだける。


「〝ふざけた〟か……確かにその通りだな、これも口外禁止ではあるが、二十年前の告知期限は一週間だったそうだ。だが、その前はもっと短かったという記録も残っておる」

「中身は?」

「それは参加者――パートナーが知る領分らしく文献にも残っておらぬ。済まぬ、役に立てそうな情報がなくて」


 半ば、予想はしていたが、ここまで情報が徹底的に管理されている事に詞御はため息の一つでも吐きたくなった。勿論、ああいった手前、ため息はつけないが、ここまで情報が統制されているのは何故だという疑問もわいて来る。

 そして、最悪のケースを予測しなければいけないことも。


「心と身体と装備の準備はしておくべきですね。最悪、今日、もしくは明日という可能性も捨てきれない。気ままな神です。この辺りは臨機応変に準備しておくにこしたことはない。自分は何時でもいけます」


 立ち上がり、軽く念じると左手首にあるリングが淡く光り粒子と化す。そして、詞御の左腰に女王から貰った刀が顕現。その柄頭に詞御は自然に、それでいて一分の隙もない所作で手を添える。


 その詞御の泰然自若とした態度に安心し、いままで張り詰めていた極度の緊張の糸が切れたのか、両陛下は椅子から立ち上がり依夜の下に来ていた。そして、どちらからともなく依夜の身体を抱きしめる。


「済まぬ、この月読王国の命運を背負わせてしまって。本当はお前を命がけの戦場には送りたくはない。だが、このまま手を拱いても、結果我々は滅亡を迎えてしまう……!」

「……お父様」

「本当、子不孝な母親で御免なさいね、依夜。闘いの儀では衆目上、勝利を称えなければいけなかった。ですが、本当は恐怖と不安で胸が一杯になったのです、貴女が代表に決まったときには。二十年前の悲劇の可能性を娘に背負わせてしまうのではないかと……!」

「……お母様」


 抱きしめられた依夜は、両親の真の想いを言葉で聞き、声を詰まらせていた。その目尻には涙が浮かんでいる。いや、依夜だけではない、彼女の両親までも落涙している。

 今度の〝神の試練〟では、実の娘である依夜を送らねばならぬ。親として、これほど辛い事はないだろう。詞御に両親の記憶はないが、親とはこういうものなのだな、と国王夫妻の姿を見てそう感じずにはいられなかった。


 同時にこれまで感じた事もない怒りが体の芯からこみ上げてきた。この理不尽な試練を課す〝神〟とやらに。

 過去も未来も持つ事が出来ない詞御だが、誰かの過去と未来を守る事くらいならば出来るはずだ。そう詞御は思った。だからはっきりとした決意を表明する。


「国王陛下、女王陛下、そして王宮警護隊長殿。お任せください。自分が依夜を、ひいてはこの国の繁栄と存在を護ってみせます」

「そうです、私もついていますのでご安心ください! 何があっても皇女様【たち】は私たちが守ってみせますから。ね、詞御!」

「儂もいるぞ、依夜や」

「詞御さん、セフィアさん、そしてルアーハ……!」


 今まで不安一杯だった依夜の表情が幾分和らぐ。それでいい、と詞御は思った。依夜に哀しい顔は似合わない、と。そして、依夜もこくりと頷くと、


「……お父様、お母様、純哉さん。わたし精一杯頑張ります。この国の繁栄と存在は詞御さんたちと共にしっかり守ってみせます。必ず、必ず生きて帰ってきます!」


 二人と二体の倶纏のやりとり、そして詞御の決意表明と実の娘である依夜の言葉を受け、国王夫妻と王宮警備隊長は不安交じりでは有ったが、若干の笑みを浮かべた。


「……希望が繋がった、な」

「……えぇ、高天さんがこの養成機関を受験しに来て下さった天命に感謝しなければ」


 そのやりとりを見ていた詞御は思い出したといわんばかりに国王に提案する。


「国王陛下。一つ約束してもらいたい事があるのですが」

「なにかな? 可能な限り応じよう」

「リインベル兄妹、いやその一族の正式な国籍を認めてあげてください。それが願いです」

「自分の願いではなく、他者の願いとは欲がない。だが、気に入った! 良いだろう、高卒扱いの件も含めて許可しよう。無事にもどってこいよ、高天殿!!」


 国王の言葉を最後に、この会合は終わりとなった。後は詞御の危惧に対応するべく依夜の準備が急いで支度される。

 結局のところ、その日は音沙汰も無く、まだ猶予があるのかと思ったその矢先、知らせは突然届いた。それは翌日の朝食の後だった。国王夫妻から話があるといわれ、「例の部屋で」と言われた時には、ついに来たか、と詞御は思った。


 昨日訪れた部屋に通されると、昨日と同じ面々が揃っていた。依夜は背中に長尺の柄を持つ両手持ちタイプの戦斧を背負い、服は昨日と同じ胴衣姿だが、急所の各部位を覆う鎧を身に付けていた。

 対する詞御は、養成機関受験時の服装に女王から貰った刀を顕現させ腰にこしらえているだけ、という昨日と同じスタイルだった。

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